2016-11-21

不在という檻




記憶においては、つい先日のことも幼少期のことも等しく見渡せるように信じがちだけれど、これは夜の星と星とのあいだに距離感が感じられないのとまったく同じ理由で、じっさいには記憶の世界にはあばたのような奥行きがある。そこには思い出されることのない出来事もまた孤独な気泡となって漂っており、なにかの拍子でその気泡が割れるたび、ふだん見渡している記憶とはすなわち自分を取り囲む檻なのだとあらためて気づく。

それはそうと、思い出されることは今となっては全て不在だ。この不在という檻の、呑まれてしまいそうなほどの明るさ。

その朝も虹とハモンドオルガンで  正岡豊