2016-11-05

あかるい現(うつつ)



ことりと秋の麦酒をおくときにおもへよ銀の条(すぢ)がある空  紀野恵

上の歌から連想するのは大弐三位の「はるかなるもろこしまでも行くものは秋の寝覚めの心なりけり」。ただしこの和歌の「広がり」は寝覚め月を眺めながらの物思い(別離)が主調にある。

一方、紀野の歌は昼のあかるさと「おもへよ」という命令形とがわたしを嬉しくさせる。だってこの「おもへよ」はいわゆる秋の物思いではなく、それを断ち切った世界を想えという意味にちがいないから。

悲しみに目もくれない態度。鳥のような態度。何もなさの表面を滑走しつつ、どこまでも心の羽をひろげること。「銀の条」は空を飛ぶものだけが残すことのできる痕跡だ。

紀野の作品というのは多彩なヴァリエーションを形づくりつつも、総じてこの歌と同じような、あかるい現(うつつ)の時間が流れている。またその現(うつつ)は、初句四音のはらむ小さな空白からすっきりと広がる秋天までといった風に、無限のグラデーションの空(うつ)によって織り成されているようだ。