2016-12-24

朝の白熊、ユーモアの外で(5)



朝8時。停留所の背後にひろがる巨大なショー・ウィンドーの中で、白熊たちが、ひどくゆっくりと動いていた。度を超してゆっくりなため、角度が悪いと小さな熊たちが軒並み瀕死状態にみえる。さらに大きな熊の放心した目。怖い。

話は変わって、きのうの「言語の学習」にひとつ付記。この連作はタイトルから想像されるとおり、ことばあそびという細部が主調に据えられている。

つまり浮き立つナンセンスの底にリアルが沈み広がっている、という構成だ。

この構成を見たときわたしは、芥川也寸志が「ショパンの音楽は装飾音こそ命であり、細部が主調たる力なのだ」と書いていたのを、ぼんやり思い出した。

さらに余談。ショパンはサンソン・フランソワが安心する。理由は幼少の頃、この人のレコードで育ったから。業界が彼をどのように評しているのかは知らないけれど、わたしにとって彼の演奏は家庭の匂いそのものである。