2016-12-07

「べし」の技法(2)


きのうのつづき。元来「べし」の音には愛嬌があるが、これが「べけれ」になるといきなり手強くなる。とりあえず短歌では

雨はあめさめだれぐれと読むべけれ木綿の袖を濡れとほるまで   小池純代
べくべからべくべかりべしべきべけれすずかけ並木来る鼓笛隊   永井陽子

といったアイデア勝負の「べけれ」が思い浮かぶが、これ、音感が良くないと大失敗しそうだ。いっぽう俳句はというと、

牧神の頭突きを春といふべけれ   磯貝碧蹄館

あは。なんて素敵な句。ことに「頭突き」から「春」を引き出す大胆な構成が、新風のようにすがすがしい。

掲句の魅力は、まるで天然を思わせるこの寓意の書きぶりが、実は俗っぽい遊び心を種としていること。「牧神」と「春」の配合から想像するに、作者はディアギレフとニジンスキーのバレエ作品、すなわち「牧神の午後」と「春の祭典」が頭にあったのだと思う。ならば「頭突き」はどこから?というと、たぶん、いや絶対に「春の祭典」初演の際に観客席で勃発した賛成派と反対派の大乱闘にヒントを得たにちがいない(この大乱闘のせいで「春の祭典」初演は「春の虐殺」という大変スキャンダラスな見出しの新聞記事にもなった)。つまりこの大乱闘があってこその「べけれ」なのだ。たいへん俗悪でキュートな「べけれ」である。