2017-01-17

かもめと天金の書



ポリネシアに住んでいる知人がいる。

ポリネシアには200以上の島があるそうだ。彼女は家事のかたわらそれらを回り、さまざまな風物の写真を撮ってはちょくちょく送ってくれる。

ところでこの知人、びっくりするほど語学と古典に強い。数カ国語が話せるのはもちろんのこと、言葉の背景についてふと思いつきで質問すると、その語源をヘブライ語と古代ギリシア語とラテン語で教えてくれる(ここまで来ると努力だけでなく、たぐいまれな才能が要りそうだ)。その上とても親切で、尋ねられてわからないことがあると、わざわざ調べてもくれる。

いま彼女に調べてもらっているのは「福音を運ぶ鳥、といえば鳩がポピュラーだけど(例『良き福音を伝える鳩、そして聖霊の働きを起こす鳩』ルカ17:22-30)、これは文献的に例外がないのか? たとえばカモメだった事例などはないのか?」ということ。

なぜこんな疑問を抱いたのかというと、三橋敏雄「かもめ来よ天金の書をひらくたび」のカモメは福音のシンボルも兼ねているのかしら?とさいきん思ったから。広く知られている天金の書物といえば聖書だろうし、聖書をひらくと現前する鳥なら福音を体現していておかしくない。

もっとも上の疑問は、句の解釈が古代キリスト教に関する疑問へと横すべりしただけで、わたしが敏雄の句をそう読んでいるという意味ではない。わたしの脳内では「天金の書」はシェリーの詩集で映像化されており、またそれゆえ「かもめ」はこの詩人所有の帆船エアリアル号がかつて停泊していた〈地中海の光〉の記憶を蘇らせる装置なのである。

リフレイン好きのわたしのために注ぐシェリィ 南に帆船ありし  紀野恵