2017-04-04

るびふる余滴


西原天気「るびふる」にまつわる話をいくつか。

● わたしはルビが大好きなのですが、それは子供のころに読んだ近代短歌のせいなんですよね。例えば北原白秋の、

ふくらなる羽毛襟巻〔ボア〕のにほひを新しむ十一月の朝のあひびき
楂古聿〔チョコレート〕嗅ぎて君待つ雪の夜は湯沸〔サモワル〕の湯気も静ごころなし
こういう作品の影響で。あと日本語で読む漢詩も好きで、そちらは漢字とひらがなの相同や差異がおもしろい。それで自分の句集に入れた
閑居初夏開魂匣愛撫哉
を書いたときも、初出は「かんきょしょかたまばこひらくあいぶかな」と総ルビにしていました。

● ただ上の句を書いたときはまだウブだったので、単なる読み下しを漢字に振っていたんですよね。でも中国の古典文学を読むと、けっこう韻文箇所は活弁風にひるがえしてあるじゃないですか。こんな風に。
風が吹いてもよけられる
雨が降っても濡れやせぬ
雪でも霜でもこわくない
雷さまも聞こえない
雲はたなびき日に映えて
瑞気がいつも薫ってる
(『西遊記』小野忍訳)
こういうのを漢字と組み合わせるのってすごくかわいい。そのうちやってみたいです。

● 活弁といえば、とある筋から西原天気の
翻車魚〔まんばう〕のゆつくりよぎる恋愛〔ローマンス〕
は有季定型ですねってメールを貰ったんです。その方曰く「これ、生駒雷遊の『春や春、春南方のローマンス』でしょう? ローマンスは春の季語です」とのこと。言われてみればそうでした。活弁のフィールドって現代の韻文に大きな影響を与えていますし、当然そこにはバタ臭い語もあふれているわけですから、とても大事な話だと思いここに追記することにしました。