2017-07-29

批評とヌンチャク少女


つい先日、福田若之さんが書いてくれた批評「〈フラワーズ‐カンフー‐すること〉あるいはアマチュアとして書くこと」(前篇後篇)では、のっけから「アマチュア」というロラン・バルトのテクニカル・タームが使用されています。

パルトの語る「アマチュア」の定義はとても魅力的で、この定義をより詳しく説明する文章をネット上でさがしていたところ、こんなのが出てきました(静岡大学人文論集所収の安永愛「ロラン・バルトと音楽のユートピア」はネットでダウンロード可能です)。

で、ですね、この批評の面白い点は、福田さんもまた「アマチュア」を実践しようとしているところにあると思うんです。〈書く行為〉に触れるときの痺れるような官能。次から次へと押し寄せる〈想起の波〉にのまれ、抗えずに流されてゆく快楽。そして流されつつも、彼の愛する者が存在する岸辺へと強引に手をかけようとする野蛮。言うなれば、この文章における福田さんの挙措は浅田彰の言うところの「孤独な〈蛮人〉」そのもの、という訳です。

最後にしょうもない余談。ええとわたし、無知蒙米著『ヌンチャク少女ミサキ』は、かつて実際に所有していました(この作家の名は「蒙昧」じゃなく「蒙米」です。ごめんなさい)。A4片面で960頁くらいの小説。超のつく名作なんだけど、あまりにかさばるから、いつでもダウンロードできるしと思って処分しちゃったんですよ。本当に後悔してる。ああ、もう一度読みたい。