2017-09-01

そういえば、の流儀。



この9月、スピカで月間日記「かたちと暮らす」を連載することになりました。このタイトルとは付かず離れずつかず、そういえば、の流儀で進めてゆければ、と思っています。

そういえば(と、ここでさっそく使う)、最近とあることがあって思い出した話。

中学生のとき、山口誓子の《夏の河赤き鉄鎖のはし浸る》という句を習ったんですが、いたく感激というか興奮して、この一句で400字詰原稿用紙15枚の鑑賞文を書き上げたことがあったんです。こんな枚数を学校で書いたのは、後にも先にも一回きりのこと。

何故そんなに興奮したのかといいますと、当時のわたしにはこの句が〈もの派〉の光景を言語で実現しているように見えたんですね。それで「すっごいマテリアリスティック! 山口誓子ってクール!」と感動した。

で、書き終えたあとで「そうだ、この人の他の俳句が副読本に載ってるかも」と思いつき国語便覧を見ましたら《学問のさびしさに堪へ炭をつぐ》とあって、それを読んだ瞬間、なにこれ、典型的な文壇芸じゃん、と一瞬で熱が覚めてしまったんですよ。今思い返しても唖然とするくらい一瞬で。子供の感性って、つくづくデジタルだなって思います。