2017-09-09

仮象としての影、仮想としての光。



影を眺めるというのは、人間にとって、とても不思議な娯楽です。面影という語に代表されるように、影は無というよりも存在のヴァリエーションとして認知されていますし、表象の概念の根本をささえる考え方でもあります。

影が〈仮象の世界〉だとすれば、いっぽうの光は〈仮想の世界〉。光の中で存在に出会うと、それがまぼろしじゃないと知っていても、そうとしか思えなかったり。ううん、存在どころか、この世界すべてがまぼろしだと言われたみたいで悲しくなる。光って、本当に無慈悲です。


たれもかれも幻を視るまぼろしぞ 眩し まぼろしなればほろびず  小池純代

上の歌の「視」は示に見。本日の「かたちと暮らす」はこちら