2018-02-08

俳諧歌の風味


藤原俊成の歌論書『和歌肝要』に「俳諧といふは狂歌なり」との一文がありますが、これは実感としてよくわかる言葉。

ところで小池純代の短歌には俳諧歌のほのかな風味があると思います。西原天気さんの「組句」に倣って、小池さんの短歌を古い俳諧歌と組んでみました。

1.
からかさのさしたる咎はなけれども人にはられて雨にうたるゝ  北条時頼

長雨をあびながら泣く雨傘(アムブレラ)惡意も愛もあまり變はらぬ  小池純代

2.
散ればこそいとゞ桜はめでたけれけれどもけれどもさうぢやけれども  鯛屋貞柳

川岸の写真館にてまなざしは遠くをとほくをもつととほくを  小池純代

貞柳のこの俳諧歌はつい最近見つけました。かわいいでしょ? 伊勢物語の第82段「散ればこそいとゞ桜はめでたけれうき世になにか久しかるべき」への返しになっています。貞柳については藤井乙男が『蜀山家集』の狂歌小史で次のように解説していまして、うん、うん、とにっこりすることしきり。

彼は狂歌よりは寧ろ狂歌を詠むといふ心境を尚んだ。何ものにも拘泥しない、何ものにも執着しない、洒々落々たる自由人の心持を養ふ事が第一義だと考へた。(…)真の狂歌は縁語や掛詞や地口や擬作をはなれて、軽妙洒脱な作家の心境が、自然に流露したものでなければならん。