2018-05-29

エドゥアール・二ニョン『美食家七日物語』





本屋さんのショー・ウィンドウに、エドゥアール・二ニョン『美食家七日物語』(HEPTAMÉRON DES GOURMETS,1919)の新装版が飾ってありました。とても大きい(33.5×28.5cm)フランス料理の本で、箱は韓国画です。造本全体はこちらそちらで見られます。ショーウィンドウでも、すごいことになってました。

二ニョンは、まずロシア皇帝の料理番、ついでオーストリア皇帝の料理番をつとめたあとフランスに帰国し、パリで伝説の名店《ラリュ》のシェフをしていたひと。この本は7人の「文豪」による文章と、昼夜2回のコース料理とそのレシピから構成されているそうです。

ところで臨川書店のこちら、料理関係の洋古書の挿絵がいっぱい見られて楽しいです。ええと、印刷刊行された料理書としては最初のものといわれ、欧州各地で人気を博し版を重ねた本はプラティナの『正しい食卓がもたらす歓びと健康』なのか、人文主義まっさかりなタイトルだなあ、とかサブカル(?)目線で眺めていてぜんぜん飽きません。ジョン・シルリー『貴婦人の宝典、あるいは才ある婦人と召使の友』というのもぞわぞわ来るタイトル。臨川書店による内容の説明はこんなふう。

酒の蒸留、シロップの作り方、食物の保存、家庭の医学、食器や衣類の手入れ、料理・製菓と献立、助産の心得、若い婦人のマナー等々、家庭婦人に必要な知識を網羅した手引。女性像と生活の7つの場面を描いた口絵、および様々なパイの形を示した見開図入。

臨川書店には二ニョン『美食家七日物語』もあって、なんとジョージ5世献呈本(著者自筆献辞入)でした。「背角革装、アンカット。150部中局紙を使用した20部のうち、英国王ジョージ5世に献じられた第11番。見返しにニニョンの自筆献辞入。後見返しに古書店目録コピー、手書きメモなど紙片4枚貼付。」とのこと。ううむ。

2018-05-26

朝の唐夾竹桃





きのうは雨でしぼんでいた唐夾竹桃、今朝見たら息を吹き返していました。フランス語でjasmin étoiléというだけあって、ジャスミンそっくりな香り。

香りだけでなく、小さなプロペラのような佇まいもふしぎです。

夾竹桃の毒性は有名ですが、この国でもその枝をバーベキューの串にして大勢のひとが死亡した事件が起こっています。唐夾竹桃もまた毒性が強いのに乾燥ハーブがよく売られていて、わたしは買ったことはないのですけれど何に効くのかなと思っていたんです。どうやら話によると清熱作用があって、枕に入れると頭痛がとれるらしい。ハッカみたいに。

夾竹桃さかなさみしき貌をして  宮坂静生

2018-05-21

勝手に組句(短歌ヴァージョン)




蚊柱を連れみづいろの都まで   西原天気

「はがきハイク」第18号より。「蚊柱を連れ」の部分に魔術的な魅力があり、ふわりと宙に浮かぶようにして都に赴く人が目に見えるようです。この句の夢遊(浮遊)力については、蚊の乱舞が煙に似ていることも関係しているのでしょう。わたしにとって、とてもしっくりくる情景。

入れ墨のごとき地図ありしんしんと鈴のふるへる水の都に
小津夜景



穴ひとつ空に残して雲雀の死   笠井亞子

大伴家持〈うらうらに照れる春日に雲雀あがりこころ悲しも独りし思へば〉の時代から、雲雀は和歌において自由主義的な昂揚感のある素材。いっぽう俳諧においてはそうではなかった(当ジャンルの「昂揚」は往々にして渋好み=反青春的矜持として顕れる)。この句の「死」にはフランス象徴主義的な印象を受けました。なお「はがきハイク」は亞子さんによる素敵な鳥のイラストが見られるのもうれしい。

雲雀の血すこしにじみしわがシャツに時経てもなおさみしき凱歌
寺山修司

2018-05-20

青葉の孤独




きのう画材屋さんからの帰りしな、新しい地ビールを発見しました。お試しに一種類ずつ購入し、夕ごはんはライ麦パン、揚げ豆腐のサラダ、果物の盛り合わせ、そして今年はじめてのビールに。

しみじみとわれの孤独を照らしをり札幌麦酒(さつぽろビール)のこの一つ星
荻原裕幸

お酒を扱った句歌については愛唱性の高いものが好み。上の歌については、わたしはかってに初夏の風景を想像しながら読んでいます。

なぜかというと、この歌人は初夏を詠むのがとてもうまいから。わけても淡い光に佇みながらその光に決して心を開き切らない、いまだ蒼く張りつめた類の孤独といったものを美しく詠むので、麦酒の歌もその雰囲気にそっと重ねるようにして味わうと、不思議な酔いに浸れるのでした。

われにはわれの時間流るる悲しみよ追憶はつねに一人の青葉
荻原裕幸

装丁のこと。



装丁について


菓子箱っぽい本。

はじめに思ったのは、漢詩にまつわるあれこれをリセットするために、造本から堅苦しさをとりのぞきたいということ。それで、1.すっきりとした色合い、2.やさしい手ざわり、3.持ったときの軽さ、4.わかりやすい字組み、5.ゆったりとした綴じ方、6.のびのびとした装画、といった要望を編集者のK氏に伝えると、

「わかりました。では本体は菓子箱のイメージでいきましょう。」

と、デザインの方向性をK氏が提案。そんなわけで、軽くて丈夫なお菓子の箱っぽい本、をつくることになりました。


字組みのこと。

ふつう漢詩の本というのは、白文・読み下し文・意味・語注から構成されているのですが、ひとつのことを理解するのにも目をあちこち動かさねばならず、なんだか参考書を眺めているようで、内容が一向に頭に入らないもどかしさがあります。なかでも白文と読み下し文とを上下に配列したもっとも一般的なレイアウトは行を引き返すのが面倒で、はなから読む気が失せることも。この本ではそんな読行線のもつれを解消するため文章を横書きにして、全体を見開きにおさめるとともに、視線がスムーズに流れるかたちに白文と翻訳とを並べてみました。


ラッピングのこと。

菓子箱にかける包装紙(本のカバー)は空気をたっぷりと含んだ紙にカモメをのせて。金の帯は贈り物らしさを、また化粧扉は箱の中に添えた〈銘菓のしおり〉をそれぞれイメージしています。

【新刊】INFORMATION



『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』


漢詩翻訳と
暮らしのエッセイの
40+2篇。

「……こんないきさつから、わたしじしんの漢詩的日常を綴ってみたのが本書になります。いわゆる漢詩らしい主題はもとより住まいと暮らし、趣味と行楽、たべものと料理、恋愛、ペット、少年愛といった雑多なモチーフや、一字詩、狂詩、集句詩、回文詩、ルビの妙技、対句のサビメロ性といった言語的遊戯にまつわるトピック、さらには短歌、連句、俳句とのセッションなど、あれこれ少しずつお試しで味わえるようにと工夫しつつ、合計で50 篇あまりの漢詩を紹介しました」(「はじめに」より)

→ 東京新聞コラムを読む

目次

はじめに   1.カモメの日の読書   2.うりふたつのたましい   3.酒と菊の日々   4.旅路の果てに   5.過ぎ去りし日のぶどう酒   6.風の手のままに   7.仮住まいの花   8.風光をわがものにして   9.猫と暮らす   10.夢を生きる者たち   11.生まれたてのピクニック   12.雪月花のとき、最も君をおもう   13.芹と筍のお弁当   14.ぴたりとはまる   15.バナナ的スローライフ   16.シンシア   17.煙草に寄せる恋   18.空港で、休日の匂いを   19.古代から伝わる恋文   20.ひるねの作法   21.水のささやきを聞いた夜   22.言葉にならないさよなら   23.るびふるあそび   24.文字の近傍   25.トランクルームの客   26.研ぎし日のまま胸にしまう    27.ひとりでいるときは   28.鳥のデッサン   29.無音の叫び   30.クールミントの味   31.死と喪失のドラマ   32.D J としての漢詩人   33.月のかがやく夜に   34.歌う水晶   35.今は遊びより本がたのしい   36.虹の脊柱   37.春の片田舎で   38.詠み人、あるいは脱時制者のために   39.回文と音楽   40.冬の朝、そのよごれた窓を   付録1.恋は深くも浅くもある   わたしはどのように漢詩とおつきあいしてきたか   付録2.ロマンティックな手榴弾  「悪い俳句」とはいったい何か?   あとがき   本書に登場するおもな詩人たち   漢詩出典   初出


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本書に登場する主な漢詩

「旅夜書懐」杜甫  「贈元稹抄」白居易  「飲酒二十首 其七」陶淵明  「滕王閣」王勃  「西域河中十詠 其一」耶律楚材  「蓼花」陸游  「芍薬」謝希孟  「山園小梅」林逋  「祭猫」梅尭臣  「春日酔起言志」李白  「春夜宴桃李園序」李白  「從斤竹澗越嶺溪行」謝霊運  「寄殷協律」白居易  「新城道中二首之一」蘇軾  「食茘枝」蘇軾  「飲酒二十首 其五」陶淵明  「飯罷戯示隣曲」陸游  「蔬圃絶句七首 其二」陸游  「梅村」呉偉業  「春前」孟今年(大田南畝)  「春暁」孟浩然  「無題」夏目漱石  「相思」王維  「送沈子福之江南」王維  「昼臥」厲鶚  「無題」頼山陽  「三月念三遊嵐山有憶」江馬細香  「唐崎松下拝別山陽先生」江馬細香  『西遊記』第一回より抄出 呉承恩  「秋声」余林塘  「題秋江独釣図」王士禎  「十一字詩」何佩玉  「十三夜」原采蘋  「関山月」李白  「岐陽」元好問「九月九日憶山東兄弟」王維  「鵲」絶海中津  「短歌行」曹操  「原爆行」土屋竹雨  「兵車行」杜甫  「白羽扇」白居易  「送王十八帰山寄題仙遊寺」白居易  「暮春侍宴冷泉院池亭同賦花光水上浮」菅原文時  「過元家履信宅」白居易  「梅花」王安石  「無題」小池純代  「二月十一日崇国寺踏月」袁宏道  「陳商」李賀  「偶然作」袁枚  「瘞梓人詩」袁枚  「春中与盧四周諒華陽観同居」白居易  「尋胡隱君」高啓  「春日偶成 其十」夏目漱石  「夢長」王安石  「江雪」柳宗元  『紅楼夢』第五十二回より抄出 曹雪芹  「正月」李賀  「秋夜宿僧院」劉得仁  「寄近侍美妾」一休宗純

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著者:小津夜景 装幀:ほりはたまお+北野太一 装画:ほりはたまお

定価:2000円(税別) ページ数:216 サイズ:四六判変形

発行所:東京四季出版 2018年6月20日 初版第1刷発行 ISBN 9784812909959


2018-05-19

恋愛目線で読む「たてがみ」




「オルガン」を読んでいたら、浅沼璞氏の文章に高柳重信のこんな俳句を見つけました。

たてがみを刈り
たてがみを刈る

愛撫の晩年   高柳重信

詩として最高。ぐっとくる。ただし、女性の書き手がシャーマニックな情緒に安易に流れるときに似た、いくぶん「とほほ」な印象は拭えません。「たてがみ」という語の使い方に、あまり知的とはいえない男の恍惚(青二才のマッチョ的ロマン)が露わで、一歩引いたダンディズムがないんですよね。その点、

たてがみを失ってからまた逢おう   小池正博

こちらも男のロマンにあふれているけれど、でも「たてがみ」がしっかりと客観視されている分、ああ、大人の色気があるな、と思います。あとこの川柳、ヘミングウェイの1行小説(six-word novel)のような風格もありますよね。この手の大らかな散文性は川柳の得意とするところ。

男性の「たてがみ」は金や権力とさほど変わらないモチーフなので、よほど上手に詠まないと阿呆らしいことこの上ない。そしてまたそっと言い足すならば、女性というのは案外「たてがみ」のない男性を愛おしいと思うものなのでした。

たてがみを手紙のやうに届けたい裸足で眠る樹下のあなたへ
小津夜景

2018-05-17

三つの「オルガン」



今まで「オルガン」への不満としてあったのが、宮本佳世乃の発言が少ないこと。それがこの最新号、なんと白井明大×宮本佳世乃の対談が載っています。おもしろいです。あと白井氏のゲラへの手の入れ方が気持ち良かった。別段どうということもないのに、息づかいがふっとつかめてしまう、そんな感じの語り口。ふだんはこんなこと考えながら読むタチじゃないので、ひょっとすると自分の知っている誰かの息づかいと近かったのかもしれません。

みずうみのひらくひばりのなかに空  宮本佳世乃


白井氏の新刊『一日の言葉、一生の言葉』(草思社)の刊行記念として、5/20(日)19時から東京・下北沢の本屋B&Bにて「オルガンの響きとともに、てくてくと言葉をあるく」というトークイベントがあるようです。宮本佳世乃、鴇田智哉、福田若之の三氏が出演されるもよう。


さいきん出たばかりの「豆の木」に、宮本さんの現代俳句新人賞受賞作に対する評「器に手を当てる 宮本佳世乃『ぽつねんと』における〈風景〉の構図」を寄稿しています。俗に「オルガン調」と称されるレトリックがどのような文法構造と身体把握に拠っているのかを、漢詩における倒装法から解説しました。

2018-05-15

パリの日大闘争





去年の冬にパリの裏通りを歩いていたら、同居人が「あれ、秋田明大じゃない?」だったか「山本義隆じゃない?」だったかは忘れたけれど、そんな感じのことを言ってわたしを急に引き止めたんです。

え?ここパリなのに?と思いつつ周囲を見まわすと、本人が歩いていたわけではなく、日本の学生運動にまつわる印刷物をいっぱい展示したギャラリーっぽい本屋さんが、ありました。

そのときの写真が、今朝ぐうぜん見つかったのでアップ。

2018-05-12

花粉歳時記




毎朝スマホで、今日はなんの花粉が飛んでいるのかを確認します。コート・ダジュール地方では、今日からオリーブの樹が始まりました。

あとはイトスギ、ヒカゲミズ、ナラ、イネ科の草。きのうまではシラカバがひどかった。毎日少しずつ、植物の写真が変わってゆくのがおもしろく、ささやかな歳時記として眺めてしまいます。

2018-05-11

新刊『カモメの日の読書』に登場する漢詩文一覧




また即席ポスターをつくっちゃいました。canvaを利用したのですが、あそこは日本語フォントがほとんどないのですね。ざんねん。以下、掲載順に並んでいます。

「旅夜書懐」杜甫
「贈元稹抄」白居易 
「飲酒二十首 其七」陶淵明
「滕王閣」王勃 
「西域河中十詠 其一」耶律楚材
「蓼花」陸游 
「芍薬」謝希孟
「山園小梅」林逋 
「祭猫」梅尭臣
「春日酔起言志」李白
「春夜宴桃李園序」李白
「從斤竹澗越嶺溪行」謝霊運
「寄殷協律」白居易
「新城道中二首之一」蘇軾
「食茘枝」蘇軾
「飲酒二十首 其五」陶淵明
「飯罷戯示隣曲」陸游
「蔬圃絶句七首 其二」陸游
「梅村」呉偉業
「春前」孟今年(大田南畝)
「春暁」孟浩然
「無題」夏目漱石
「相思」王維
「送沈子福之江南」王維
「昼臥」厲鶚
「無題」頼山陽
「三月念三遊嵐山有憶」江馬細香
「唐崎松下拝別山陽先生」江馬細香
『西遊記』第一回より抄出 呉承恩
「秋声」余林塘
「題秋江独釣図」王士禎
「十一字詩」何佩玉
「十三夜」原采蘋
「関山月」李白 
「岐陽」元好問
「九月九日憶山東兄弟」王維
「鵲」絶海中津
「短歌行」曹操
「原爆行」土屋竹雨
「兵車行」杜甫
「白羽扇」白居易
「送王十八帰山寄題仙遊寺」白居易
「暮春侍宴冷泉院池亭同賦花光水上浮」菅原文時
「過元家履信宅」白居易
「梅花」王安石
「無題」小池純代
「二月十一日崇国寺踏月」袁宏道
「贈陳商」李賀
「偶然作」袁枚
「瘞梓人詩」袁枚
「春中与盧四周諒華陽観同居」白居易
「尋胡隱君」高啓
「春日偶成 其十」夏目漱石
「夢長」王安石
「江雪」柳宗元
『紅楼夢』第五十二回より抄出 曹雪芹
「正月」李賀
「秋夜宿僧院」劉得仁
「寄近侍美妾」一休宗純

2018-05-10

新刊『カモメの日の読書』のご案内




6月20日に新刊『カモメの日の読書』が出ます。先日「もうそろそろ告知しましょうか」と言われ、嬉しくなってポスターをつくっちゃいました。もちろん実物の造本は、このポスターとちがって、プロの手による素敵な仕上がり。内容についても、これから折を見て紹介してゆきたいと思います。

2018-05-08

釣りの思い出





今日は祝日なので朝から海を散歩しました。

釣りをする男の人たちよりほかに、誰もいない海。

子どものころは祖父と、父と、家族と、よく釣りをしました。祖父は釣りキチで、6畳の和室に50本ほどのトロフィー、5帖ほどの楯、2、3枚の賞状(鳳凰や龍の縁ではなく、桐の花の描かれた、たぶんお気に入りのもの)を飾っており、また3畳の和室の壁を改造して、釣具屋さんのように釣竿を展示していました。

父と行ったのでは、よく覚えているのが蟹釣り。岩場から網を投げ入れて、数時間そのまま待ちます。数時間後、岩のはしに立ち、ゆっくり綱を揚げると、血のぬけた餌魚(だいたい秋刀魚)の頭を食しながら、網ひとつにつき10匹ほど蟹がからみついてきます。父はその網をよく確かめ、小ぶりの蟹をはずすと勢いよく海へ投げかえし、残りをクーラーに移すのです。

家へ戻ると、父はフローリングの床に蟹をまき散らします。母が湯を沸かしているあいだ、弟とわたしは蟹とあそびます。蟹は、とてもかわいい。しかし母は湯が沸くやいなや蟹の甲羅をつかみ、宙を泳ぎながら潮の息と昏い海の香を吐くそれを煮え湯へ沈めてしまう。そして軽く茹で上がったところで、蟹の脚をいくつかもいで別の小鍋に放り込み、白葱とあわせてスープにし、朝の残りのパンをオーブンで温め直すのでした。

わたしはフランスに来てから最初の10年間、日本に帰った期間は合計で2週間もなかったのですが、そのうちの半分は祖父と会っていました。癌と聞いたので、帰った。死んでからだと、意味がないから。

膵臓癌だったので手術もできず、祖父はふつうに暮らしていました。釣りもあいかわらず続けていました。

「釣りのいいところは孤独でいられること。海にいると、孤独を恥ずかしがらないでいられるよ。でもやっぱりつらいけどね。」

帰ったとき祖父にそう言われ、思わず手を握りしめたことを覚えています。祖父は社交上手で友達の多い人生を送っていたので、こんな人でもやはり孤独からは逃れられないんだ、と深く胸を衝かれたのでした。

祖父が亡くなったのは、それから一ヶ月後のことです。

2018-05-07

古屋翠渓『流転』1941-1942




ふと「洋書の扉ってどんなレイアウトになってたかしら」と思い本棚をしらべる。中央揃えは胸のあたり、右揃えは高さいろいろ、左揃えはてっぺんに活字が配置されていた。うん、いろいろあるな、と思う。

* * *

古屋翠渓『流転』の目次。

・流転……1941年(昭和16年)→ 1945年(昭和20年)
・戦後……1947年(昭和22年)→ 1957年(昭和32年)
  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 
・戦前……1941年(昭和16年)← 1926年(昭和元年)
・大正時代……1925年(大正14年)← 1912年(大正元年)
・附、明治時代

矢印の使い方がおもしろい。時間構成もざっくりとしていい。巻頭句はこれでした。

戦争になつたのかもう私を捕へに来た

1941年に書かれた句は「垣をこぼるゝ花の我家で」に引用があります。1942年は移民局へ回され、大陸送りになった年。3月1日サンフランシスコ港、エンゼル島、3月5日ネバダ州、ユタ州、ロッキー山脈、中部地方、3月9日ウイスコンシン州、5月テネシー州、6月30日ルイジアナ州と流転したみたいです。

護送車から見ても見ても家族は見えない

朝日へまつ白になつた洗濯を干す

雪の中自分の寝るベツドをかつぐ

雪につつまれた小屋の中で賛美歌をうたふ

木が芽をひらく小鳥が鳴く時は過ぎ行く

花の香おくりくる風のどこかへ移動とか

青葉の風の長い手紙をかく

囚われの身が奏でる楽器のない音楽にて

秋が一夜にもみぢしたガムの木に来た

はるばる送られて異郷の空の三つ星