2019-05-30

深手のオルガン



須藤岳史さんとご一緒している往復書簡【LETTERS 古典と古楽をめぐる対話】の第4回「辺境への誘惑」が公開されました。あるものとないもの、音と言葉、そしておたまじゃくし。こちら()からどうぞ。

《先日はハーグのそばの砂丘地帯へ出かけてきました。ここはハーグの水源にもなっている場所で、豊かな緑ときれいな水が自慢です。様々な水生生物を観察できるのですが、この季節の主役はやはり何と言ってもおたまじゃくしです。塊のようになった群は、人が近づく気配を察すると散り散りなります。それぞれが重なり合ったり、一匹のおたまじゃくしとしてその存在感を見せつけたりと、見ていて飽きません。おたまじゃくしの名は音符の別名としても使われるように四分音符にそっくりで、まるで水中で音楽が鳴っているかのようでもあります。》(須藤岳史「辺境への誘惑・上」より)

たまじやくし捧ぐ深手のオルガンへ  小津夜景

2019-05-26

鳥の呼びかわす風の中を



「漢詩のおいしい暮らし方」終了。あっと驚くくらいの声を出して、がっつり120%の力でやり抜きました。帰りは『カモメの日の読書』担当編集者のKさんと、中国現代文学の専門家Nさんとバーミヤンで中華を食べました。


当日のメニュー「海」より一品。

南洋諸島 大正天皇

南洋島嶼一帆通
散在千波万浪中
想見早春猶盛夏
鳥呼椰子緑陰風


南洋の島々 大正天皇

南洋の島々に 
船がゆくようになった。
方々に広がり
いくつもの波をこえて。

私は思いえがく
早春さえも常夏で
鳥の呼びかわす
椰子緑陰の風の中を。

この詩の明快さが南の島々に似つかわしい。あと「いっぱん/せんぱ/ばんろう/せいか」と音の組み合わせが楽しく、翻訳してみてもやはり旋律的で、とても耳がいいです。大正天皇の漢詩は1367首。歴代の帝の中で最も多く漢詩を作っています。

2019-05-24

空想の固まりかけの海月かな



「漢詩のおいしい暮らし方」はほぼ準備終了。明日は飛び入りOKだそうです。当初は「女性」に力点をおくつもりでしたが、準備を終えてみると「戦争」に力が入った会になることが判明しました。お茶の用意もできたし(小鳥書房さん、本当にありがとうございます)、音楽も選んだし、本番が楽しみです。

2019-05-22

さいきん嬉しかったこと



1.機上から眺めたバグダッドの夜。光の洪水だった。

2.チョウ・ユンファ『プロジェクト・グーテンベルグ』の銃撃戦と爆破シーンの設計。もはや一寸の隙もない。伝統芸能に指定したらいいと思う。

3.小池純代さんとの会合。〈疑問集会〉なるサロンの設立について、オムライスを食しつつ話しあう。

4.以下は単なるメモ。変身をめぐる5句。

如意棒を握るギニョル・ザ・涅槃西風
風船の軽さの遺書をふところに
一巻の終はりの果(はて)の花降る絵
御遺体とドライアイスと梨の花
死はいまもしづかに朧拭いてゐる

2019-05-21

新作肩書皆先生。



明治狂詩のジャーナリズム性についてのメモ。

杵屋仙史『廣告行』

近來競爭流行折,種種廣告新聞列。
或橫或倒或花欄,別見大字出頭凸。
賣藥功能塞幅處,賣家數行僅容膝。
化妝水與領白粉,必雲白色恰如雪。
吳服賣出夏冬初,雞卵屋例兼鰹節。
近日最多是商標,新奇圖樣顯日日。
組置析析塡穴者,定是有緣故特別。
新版賣出並天狗,古本買入競奮發。
或有吹聽已馬鹿,又有密事自吾潰。
新作肩書皆先生,列傳中人悉豪傑。
定時刊行雜誌類,木板白字自兼設。
中村樓會書畫筵,井生村樓多演舌。
出處不慥或無名,是等為乖事咄咄。
夫出又出皆廣告,大小新聞常不堪。
忽見同書數多出,互述功能何不劣。
又見大阪與東京,共稱本家事何拙。
乍然廣告商賈種,析骨於茲甚可悅。
多少利害無據譯,豈向此輩並理窟。
唯有一事未言盡,此詩未可容易結。
此節頻起英學校,誰雌誰雄元不晰。
彼誇我誹吹法螺,共謂我聖何自惚。
次之漢學青年子,又被浮於流行熱。
詩文添刪大先生,多如濱真砂不竭。
文雲丸吞韓柳蘇,詩稱唐宋都見徹。
賞贊評言近諛辭,自雲旨丁寧心切。
曰何何社曰何館,每一雨降增不輟。
乍去所得潤筆料,非雲支下宿數月。
根津三界不嫌遠,直出懸狎妓拜謁。
吾友何某語之詳,某與某人住同室。
嗚呼,段段惡口雖恐縮,此詩吾豈無故綴。

「…時事を詩に読み込んだ入念な描写で、明治期の社会の風潮転換の貴重な実録となっている。この『廣告行』も同様に、明治維新後の東京や大阪などの大都市で、様々な商業広告が雨後の竹の子のように現われ、都市の新聞・雑誌に掲載されて、市井の隅々まで広まっていく様子が窺われ、広告が都市生活や市民の思想観念に多大な影響を与えたことがわかる。しかしながら、各種広告には誇張や虚偽の言葉が混じっており、ひどいものは事実と逆であったり是非が混合していたりしたため、社会秩序や公共道徳に悪影響をもたらしたのである。杵屋仙史のこの狂詩は、当時の広告の数々の問題を挙げて、辛辣な批判を加えたものであり、詩人の社会に対する鋭い観察眼と強い責任感を映し出すものである。注目すべきは、明治の詩壇では杵屋のような漢詩人が数多く存在することで、かれらが創作した実録詩は多く狂詩のスタイルをとっている…」(厳明「近世における日本狂詩の論述」、山本景子訳)

「〇〇行」の「行」は物語的長編の、主として七言古詩を指します。作者の杵屋仙史は明治-大正時代の新聞記者三木愛花(1861-1933)のこと。日本人名辞典によると「朝野新聞」「東京公論」記者などをへて万朝報(よろずちょうほう)に入社。相撲・野球に通じ、新聞に将棋欄を創設したのも彼らしい。下の出典画像(三木愛華『古今狂詩大全』)をクリックすると、読み下しがわかります。

2019-05-17

豆本・探偵俳句集




佐藤りえ『いるか探偵QPQP』はストーリー性抜群の探偵俳句集。俳味あふれる措辞とおちゃらけた内容との調和が笑えます。蛍光色の綴じ糸もおしゃれ。発行は文藝豆本ぽっぺん堂

血文字のMに蟻が溺れて明易し
怪盜の声ソプラノでありぬべし
D坂のたれも影法師を曳かず
船越英一郎崖はないかと近寄り來
地芝居にふたりの乱步睨みあふ
眞備の此の芋名月を吾が愛でむ

隣のお菓子は陸乃宝珠。初めて食す。中国茶と合わせたき佳味でござ候。

2019-05-15

梨のたわむれ、おいしい漢詩。




LETTERS 古典と古楽をめぐる対話の第3回()が更新されています。今回は(葡萄酒から梨酒へ)→(梨とありの実)→(不在と存在)→(マルグリット・デュラスの海)→(音と光の織りなす座標)→(感じる私と考える私)と連想が移りました。

今回の記事、冒頭の写真に写っている男性がなんと須藤岳史さんに激似らしいです(本人談)。



5月25日(土)14時より国立市・小鳥書房にて開催の「漢詩のおいしい暮らし方」、ご予約受付中です。詳細はこちら。思えば自分は、人前でソロで喋った経験ってまだ一度もないんですよ。果たして当日はうまくゆくのでしょうか。

ふりだしにもどる寝息のもんきてふ  小津夜景

2019-05-04

煙となりてのちにこそ



今週の「土曜日の読書」は『富永太郎詩集-現代詩文庫』から夜の煙草について。蘇軾「春夜」の訳はこちら

煙草小物屋・山東京伝と同時代の作家・栗杖亭鬼卵も煙草屋さんで、店の表の明かり障子にはこんな狂歌が書かれていたそうです。

世の中の人と多葉粉(たばこ)のよしあしは煙となりて後にこそしれ
栗杖亭鬼卵

いいですね。参考としてこの歌も。

恋ひ死なむ後の煙にそれと知れつひにもらさぬ中の思ひは
『葉隠』

2019-05-03

漢詩のおいしい暮らし方



トークイベントのお知らせです。

5月25日(土)午後2時より、国立の小鳥書房で「漢詩のおいしい暮らし方」を語ります。漢詩に興味があるけれど入り口が見つからないといった方のために、シンプルでおいしいレシピをご用意し、みんなで一緒に味わってみる会です。本物の中華菓子もお出しします。

当日のメニューは「建築」「室内」「庭」「日用品」「食事」「海」「戦争」「女性」にまつわる作品。扱う詩人は秘密ですが、今のところ中国人6名、日本人7名の詩を訳し終えています。自家製の巻物(春巻きじゃなく絵画の方ね)も作りました。遊びに来ていただけますと嬉しいです。ご予約・お問い合わせは staff.kotori@gmail.com まで。

日時/5月25日(土)14:00-16:00
(講演90分+お菓子を食べながらのんびりする時間30分)
参加費/2000円(中華菓子付き)
定員/15名(目安)
場所/小鳥書房2Fギャラリー

2019-05-02

わたあめのくモリゾら



今日はうすぐもり。そら一面をおおう雲をみる。わたあめの中に棲んでいるみたい。


かもめの本棚で「LETTERS 古典と古楽をめぐる対話」がとも更新されています。第2回は須藤岳史さん。須藤さんの文章はアパートメントや未明でも読めますが、長文連載は目下「LETTERS」だけ。これからどうなってゆくのか楽しみです。

『図書』5月号。ジャン=マリー・グリオの句集の書影は「フランスの本屋で「俳句」をさがしてみた~前半」というウラハイ記事でご覧いただけます。フランスの俳句事情については、このブログ内に3つ記事がありました。

1.フランスの子供のための俳句参考書
2.俳句の普及についての一形態
3.フランス人による俳句観の一例

あと先日、中学校の先生から「授業で使うのにちょうどいい現代俳句の本ってありますか」ときかれたので、マブソン青眼訳の2冊『日本レジスタンス俳句撰(1929-1945)』と金子兜太『あの夏、兵士だった私』をすすめてみたんですよ。もしかしたらこちらの中学校で読まれているかも。


3月の終わり頃から、うーん今年の花粉はひどいね、と思いつつ暮らしていたのですが、5月に突入し、体調がすぐれないのは花粉のせいじゃないことにようやく気づきました。少し立て直しにかかるので、日記の更新はしばらくインフォのみになります。

2019-05-01

椰子の向こうに



句の整理をしていたら『フラワーズ・カンフー』のボツ句を発見。

ほばしらにへに

逢うたりな椰子の向かうに夏嵐
飛びてゆかましよ簾は海を向き
風つよき日の老船とバナナの木
(ほばしら)に舳(へ)に連れ立ち夏のすだまかな
青岬片帆を永遠に枕(ま)くといふ
夕立に没り日のさして帆綱かな
うごきそむ塒(ねぐら)は凪を待ちかねて
夕映えの櫂を入江にさしいれぬ
糸吐きて舟はくらげとなりにけり

メモに2015年5月作成とあるので、俳句を始めて半年の頃の作品。〈風つよき日の老船とバナナの木〉は自分史上最高のお気に入り句。だってハワイっぽいんだもん(行ったことないけど)。句集にも入れたかったけれど、挿入できる位置がどうしても見つからなくて諦めざるを得なかった。