2019-10-27

燕のおとがい、鹿のたゆたい(澤の俳句 6)





おとがひに合はせ切る髪青時雨  加納燕

会津八一に〈奈良坂の石の仏の頤に小雨流るる春は来にけり〉という歌がありますが、頤をつたう水というのはなにゆえあんなにも美しいのでしょうか。一方こちらの句は〈おとがひ〉に合わせて髪に鋏を入れるといった光景で、清々しさ、凛々しさ、色っぽさの三拍子を備えています。しかも、しかもですよ、背景が〈青時雨〉だっていう。つまり頤をじかに濡らすことなしに、濡れを想像させているわけです。この手抜かりのなさ。すごい。

柏餅の葉剝げば葉脈より裂けて  町田無鹿

日々の暮らしの中にひそむ危機(クライシス)をやわらかく描いたような質感。〈脈〉という名詞と〈剝ぐ〉〈裂ける〉という動詞との相性がよく、ありふれた写生であるはずの言葉が、日常語のくびきから解放されて、存在のあやうさにまつわる喩へと大きく転移しています。また〈剝げば葉脈より裂けて〉の句跨りやて留めの用い方が、作者がこの世界を見ている際のたゆたいを無理なく醸し出してもいる。上五で軽く切ったのも、つかのま息をひそめるようでいいですね。