2020-04-28

ひこうき雲のない空





昨日、はたと気づいた。全土封鎖になってから、ひこうき雲をぱったりと見なくなったことを。空港が閉鎖されているのだから当然なのだけれど、あらためて眺めると、この町の空とは思えない。ひこうき雲のない空が。

むかしながらの雲は、ある。

意識の雑音があるとき、雲は不自然なかたちにしかならない。見ようというきもちがないとき、雲はかたちになる。それはちょうど夢の表象が、なにかのかたちであろうとする作用に似ている。なにも思わずとも、かたちの方が、勝手にやってくるのだ。

2020-04-27

その一呼吸さえも






フランスの社会についてなにか書いてください、とたまに依頼があるのですが、これがなかなかできません。

理由はいくつかあって、そのひとつがフランス社会の「うわさ話」をしたくない、というきもちがどうやらかなり強いらしいことです。

それから、自分の体験をおおっぴらにしたくないとか、周囲で起こった出来事を当事者たちの許可なく書きたくないなどといったきもちもあったりします。

しかしそれよりも大きな要因は、わたしと言葉との関係です。わたしと言葉とのつきあいは、たっぷりの沈黙という在り方が基本で、らくがきめいたことを書き出したのもここ数年、それも俳句という、とても小さな、ほんの一呼吸のスタイルを手にしました。そしてその一呼吸さえも、たっぷりの沈黙の海にもぐってこそ呟くことのできる音楽なのでした。

2020-04-26

ハリー、やっぱりかっこいい。





やばい本が出ていた。ハリー、やっぱりかっこいいね。ああ。こんなにも読みたいのに、アマゾン曰く「当商品についてこの出品者は海外への配送に対応しておりません」とは。新型コロナウイルス、早く収束してほしい。

拾った紙ヒコーキはこちら。エアーなたわむれはこちら

2020-04-23

埃だらけのすももを売ればよい




朝、行政から手紙。町に51ヶ所の無料マスク受取所をつくったので、受け取りに来るようにとのこと。昼、ジャズ・トランペットの男性は毎日違う曲を演奏する。今日は「カーニヴァルの朝」だった。

高柳聡子訳のロシアの詩を読んでいる。アデリーナ・アダーリス『日々』は「埃だらけのすももを売ればよい」という冒頭からしてとても感動的な翻訳。もっと読みたい。

2020-04-16

樋口由紀子『金曜日の川柳』





樋口由紀子『金曜日の川柳』は週刊俳句のデイリー版『ウラハイ』で現在も連載中。本書はそこから333句を選んだ、川柳を初めて読む人も楽しめるアンソロジーです。画像ではわかりにくいですが、タイトルの「金」に合わせてカバーが金色なのがおしゃれ。

握手せぬほうの手までがうれしがり  福永清造

紀元前二世紀ごろの咳もする  木村半文銭

少年は少年愛すマヨネーズ  倉本朝世

輪を叩きつけて天使は出ていった  きゅういち

おれの ひつぎは おれがくぎうつ  河野春三

長い長い手紙を書いてきた海だ  前田一石

2020-04-13

良き物語へ





昨日から朝ごはんもベランダで食べるようになったので、朝食と昼食と3度の休憩とで日に5回もベランダで時を過ごしている。このひとときが心から楽しい。

家人は遠隔授業やら研究やらでひっきりなしにzoomやskypeをしている。知り合いからは「画面に映らないように息をひそめているの大変でしょ」と言われるけれど、一間暮らしのプロなので全然そんなことはない。ベランダもあるし。

* * *

往復書簡「LETTERS」更新。第23回は「良き物語へ」です。須藤さん曰く「受け入れ、共存すること、危機の中で物語を紡ぎ、解いてゆくこと。そんなこんなの気分がなんとなく反映された書き物になっているかもしれません」とのこと。上はこちら、下はこちらからどうぞ。

次の第24回が最後の手紙になります。もうそろそろ書き出さないといけません。それにしても楽しい連載でした。編集部からは「毎回、街や暮らしの話題を添えて」との提案だったので、ぼんやりとしか知らなかったニースの歴史も学んだし、写真を撮るようにもなったし、観光客のごったがえす場所にも行ったし。ただ最後の手紙を、まさか外出禁止下の状況で書くとは思わなかったです。

2020-04-11

stayhome




ここ数日、寝ながら本を読んでいる。家人がお茶を用意してくれるときだけベランダに出る。


起きて読もうとするも挫折。すぐに寝る。


家人がジョギングから帰ってくる。向こう側の遊歩道は立ち入り禁止。


カモメ。

2020-04-09

花に劣らぬ露





神戸新聞NEXTに小さな記事が出ている。

最近はマスクや眼帯の他、フェイスシールドを被っている人もちらほら。先日ブログに書いたトランペット吹きの人は今日は路上で練習していた。先に路上でサキソフォンを吹いていた人がいて我慢できなくなったようだ。二人のまわりには数人の客が集まり、一曲終わるごとに拍手が起こっていた。

* * *

神戸新聞NEXTで松岡小鶴の記事を見たので、小鶴の回文詩を訳しました。

宮怨  松岡小鶴

蕭蕭奈夜深 露樹月摧金 嬌面玉欄下 思遣一曲琴

蕭々と更けてゆく やるせなき夜の
木々を濡らす露は 砕けた月の欠片
艶な面立ちの 女が玉欄の下で
思い乱れつつ 琴を奏でている

琴曲一遣思 下欄玉面嬌 金篩月樹露 深夜奈蕭蕭 

琴の曲 いちずな想いをこめるのは
欄の下 玉のように艶な面立ちの女
金の篩でふるった露は 月夜の木々に降り
深くものさびしい夜を もてあましている

松岡小鶴は医者で、柳田國男の祖母。「宮怨」とは後宮に仕えた女の嘆き。「摧」「篩」はどちらも「ふるう、ふるい」で同じ意味。回文和歌もあるようです。

朝露
つつみしをたまとしらつゆはなにだに名はゆづらじとまたをしみつつ  松岡小鶴

「白露の美しさは花に劣らないーーそう思いつつ、わたしはその玉を惜しむようにそっと手に包んだのだ」。初句の大胆な倒置と「また」の一語が、まるで思いの深さを物語っているようです。

2020-04-07

花を拾う日





ベランダにテーブルを出したのは正解だった。昨日からお茶だけでなく、お昼ごはんもベランダで済ませている。今日のメニューは揚げ豆腐をのせたクスクス丼と、乾燥マッシュポテトでつくったヴィシソワーズと、オリーヴとコルニッションの漬物。

家人は遠隔授業をしている。わたしはメールで漢字の読み書きの添削を終えたところ。なぜか微熱っぽいので、これから少し寝る。

100日も連載がつづくフェリックス清香さんのnoteが楽しみ。文章がのびのびして、力の抜けた眼差しが愉しい。

2020-04-04

歌仙『宝船の巻』


冬泉さんの捌きで巻いた歌仙。羊我堂さんがきれいな画像にしてくださった。岡本胃齋さんの解説がすごかった。


2020-04-02

春のお稽古



いい天気。窓をあけていると、近所の人がトランペットでBut Not For Meを練習している。ふだんは芝生で吹くのだけれど、今日はベランダでの音出しっぽい。曲が終わると、どこからともなくまばらな拍手が鳴る。

* * *

snowdropさんのブログにピアノを奏でる春の短歌があった。


この春は重き屋根あけ棒を立て奏でてみたし「巡礼の年」  snowdrop


InventionBWV773の黒鍵音符に印をつけ先生から「花見の如し」と咲はれたる思ひ出を詠める

お花見のやうな幼(をさな)のインヴェンション♭(フラット)かこむうすべにの 〇(まる)  snowdrop

Invention No.2
in my childhood
with pink marking
around the notes of black keys
like cherry blossoms in full bloom

いつもながら羽の生えたような雰囲気。インヴェンションと聞くと子どものお稽古風景が思い浮かぶわたしとしては、とても居心地の良い歌でもあります。

(4月5日)質問があったので追記。このピアノはエラール社のもので、大屋根の裏側のヌードはポール=アルベール・ベナール作です。ごくたまにエラール・ピアノの夕べが催されます。