2024-01-27

「物語」の根っこは「語」である





朝、海を眺めながらデイヴィッド・G・ラヌー『ハイク・ガイ』を読む。とてもキュートな小説。湊圭史さんの翻訳が素晴らしい。

妹いづこバーボン通りのストリッパ
somebody's little sister / Bourbon Street / stripper

きよしこの夜丑みつの酒場かな
silent night, holy night / three / at the bar

みな見たり成したり今や忘るるのみ
seen it all, done it all / and now / forgetting

いざさらば雪へ尿にて残す文
farewell! farewell! / pissed / in a bank of snow

つめたき世のおもてを掻きて鼠かな
scratching the snowy / surface of thing / mouse

話は変わって前回の日記について。須藤岳史さんがこんなことを書いてくれたのですが、うーんたしかに。というのは私、今回書きながらつくづく「物語って最強だなあ」と思ったんですよ。人間には生死を問わず尊厳があるでしょう? それを尊重するとなると物語以外の手段でアプローチするのは難しい。で、物語は真実を伝えるために生き残ってきた形式だなとあらためて認識しました。

物語の要諦は「本当か嘘か」ではなく「その文章がどんなノリで喋っているか」にあります。「物」と「語」では「語」の方が根っこで、要するにそれは話術、語りの技芸だということ。大きく、小さく、深く、浅く、切り込んで、よそ見して――どの語り方もそのつど真実を背負っているわけです。

2024-01-22

ミツバチのエッセイは蜜のように甘かった





このところ働きすぎていたみたいで、いきなりなにもできなくなってしまった。と、いまなんとなく書いて、あ、そうなんだ、とようやく気がついた。こういうときはなにもやらないに限る。いまからちょっと海辺を歩いてきます。

ただいま。4キロ歩いてきました。でもぜんぜん頭の中がすっきりしない。しないよう。しょうがない、さらにヨガでもやりますか…。

終わりました。やっと気分が晴れました。ええと、今日の話は『ロゴスと巻貝』について。これがですね、かつてないほど感想を頂戴しているんです。傾向としてはざっと二種類に分かれまして、ひとつは「笑った!」というもの。もうひとつは「なんて正直な人だろう」というもの。笑いに関しては、実現できているかはともかく常に心がけていることなので嬉しい。ただし他人がどこで笑ってくれているのかは分からないので後学のために友だちにたずねてみました。すると友だち曰く「いやあ、正直だなあと思って!」。はは、なんだ、そういうことか。しかしながら、私生活をあまねく暴露した文章がますます巷にあふれる今日、書きすぎないことを旨とした本書がなぜ「正直」に映ったのか。結局よくわからずじまいです。

また「装丁が綺麗」とおっしゃる方も多いです。今回、デザイナーの脇田あすかさんには「ディプティックのまだ見ぬ新作デザイン。ユニセックス仕様で」と、またイラストレーターの杉本さなえさんには「自然現象と動植物をからめた装画を」とお願いしました。カバー表のイラストと飾り罫、背の巻貝、裏の楕円フレームのロゴは村田金箔の透明箔押しで、そこだけシールのような手触りになっています。カバーをはずした本体は、天然パール調の光沢をはらんだ布のような紙。表紙見返しの黒の風合いや栞の白など、ぜひ手にとってたしかめていただければと存じます。

あ、そうだ。杉本さんの装画の中に蜂が飛んでいるのは、初校の段階ではミツバチについてのエッセイがあったからです。引用したのはレイ・ブラッドベリ『たんぽぽのお酒』。でも最終的に破棄してしまった。この本のことが好きすぎて、うまく書けなかったの。

2024-01-16

「読む」こととの距離感 『ロゴスと巻貝』著者インタビュー





「本チャンネル」はブック・コーディネーターの内沼晋太郎さんをメインホストに、本にまつわるあらゆることを扱うYouTube番組。その看板コンテンツ「今日発売の気になる新刊」に出演しました。

YouTubeはこちら。以下のX(旧ツイッター)でも公開されています。


自分のことを書くのって難しい。今回の本でもそれをひしひしと感じました。なかでも「人は一人で生きているわけじゃないから、自分のことを書こうとすると周囲にいる人たちの人生を大なり小なり暴露することになってしまう」というジレンマ。これがますます浮き彫りになり、いったいどう向き合えばいいのか考え込むことが多々ありました。

『ロゴスと巻貝』にはいろんな人が登場しますが、個人のプライバシーを尊重して、アスタルテ書房のササキさん以外は仮名を採用しています。もう二度と交わることのない人たちも少なくないけれど、でも、たとえそうであっても、彼らが語ったことを都合よく利用することは許されないと思い、慎重に、控えめに、本当に控えめに書きました。あと家族を出すというのも一筋縄ではいかない難問なんですよね。どんな家庭、どんな一族にも平坦ではない歴史があり、ペンを持つ者がそこに独断で踏み込むことの是非はいつだって悩ましいところです。

「人には尊厳がある」というのは、わたしがエッセイを書きながらつねに思い起こすことです。他者の人生は決してエッセイの具ではありません。書くという行為によって他者の実存を実は盗んでいるんじゃないかと自問したり、自分の言葉と他者の言葉との境界線をきちんと見極めているか気にかけたり、またあるいはごくシンプルに、彼らがこのエッセイを読んで「そういう意味で言ったんじゃない」と驚かないか想像したり。そんなことを忘れないようにしながら綴ったこのエッセイ集、ちょっと読んでみようかな、と思っていただけると嬉しいです。

2024-01-09

スタンプ記念日





俳句結社誌『鷹』1月号に巻頭エッセイを寄稿しています。そして『ロゴスと巻貝』が本日発売になりました。デザインは脇田あすかさん、イラストは杉本さなえさん、帯は山本貴光さん。全部で40篇のエッセイが収録されていて、AmazonのKindle版で巻頭詩、目次、最初の一篇が試し読みできます。

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気管支炎はすっかり良くなった。一昨日は句集の栞と「すばる」の連載を書き上げ、夜は旧市街のBocca Nissaで知人と食事をする。料理はスパイシーな挽肉を添えたフムス、胡桃とカマンベールのロースト、バルバジュアン、トリュフのフェットチーネ、焼きかぼちゃのストラッチャテッラ添え、レモンタルトとヴェルヴェーヌのお茶。バルバジュアンはカステラール村の郷土料理で、玉葱、菠薐草、リコッタチーズなどを生地で挟んで揚げたラヴィオリのこと。カステラールの住民がモナコでそれを販売していたことで有名になり、今ではモナコの伝統料理になっている。ワインはFamille PerrinのCôtes-du-Rhône。白でなく赤にした。

昨日は別の雑誌のエッセイを書き、今日は『ロゴスと巻貝』の刊行日ということで著者インタビューの取材を受けた。どんなふうにできあがるのだろう。不安しかない。昼間、掃除をしながら俳人のRSさんとLINE。生まれて初めてLINEスタンプを投下。スタンプ記念日である。