2022-02-02

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 【新刊】『漢詩の手帖 いつかたこぶねになる日』の詳細はこちら。素粒社の直販サイトはこちら
 【web連載】「ハイクノミカタ」の日曜日を担当しています。

2021-02-26

漢詩のどこが、ふしぎなのか。





池澤夏樹さんとのイベントが終了。人前が極度に苦手で、緊張してしまいすみません。ご視聴くださった方々にお礼申し上げます。ありがとうございました。

今日イベントで話していたら、漢詩のふしぎさについてまた少し整理されたので、あらためて以下に記します。

わたしにとって、漢詩のどこがふしぎなのかというと、作品のイメージを重層的に体験できるところです。平安時代からずっと、日本人は読み下しで漢詩を楽しんできました。つまり日本人にとっての漢詩は、目で見ると定型詩ですけれど、声で聞くと「君に勧む さらに尽せよ一杯の酒を」みたいに自由詩だった。この「視覚的は定型詩」と「聴覚的には自由詩」というアンサンブルを一編ごとに味わえるというのが、まずふしぎです。

また詩の形式の二重性だけでなく「見ているのは中国語」なのに「聞いているのは日本語」といった言語の二重性もふしぎです。中国語に目を凝らし、日本語に耳を傾け、視覚と聴覚が同時に別の言語を感覚しながら詩を理解してゆくというのは、右手と右足でピアノを弾きながら左手と左足でドラムを叩くかのような、アクロバティックな喜びがあります。

いつだったか「テクストとはどこにあるのか」なる問いに「原文と翻訳とのあいだにある」と誰かが答えた文章を読んだことがあって、それはまあそうなのでしょうが、しかし正直、原文と翻訳とのあいだなんていうと虚数解的というか、良くも悪くもロマンティックではありますよね。ところが日本人が漢詩を読み下すときは、それが決して観念論ではなく、感性の次元で実在してしまうという点がふしぎです。

2021-02-24

しろい、ちいさい、いっぱいの共鳴





池澤夏樹さんとのトークイベントが近づいてきたので、もういちど宣伝。リアルタイム配信が26日(金)午後3時からで、アーカイヴ配信がその後1週間です。アーカイヴで見たいという方も、26日(金)までにこちらからご予約ください。

* * *

あたりまえのことだけれど、人生経験の豊かさと、詩歌を読んで何かを感じる力とは、まったく別だ。

たとえこの世界を描写していたとしても、詩歌の中に流れる時間は物理的時間ではない。そして詩歌を読むことで養えるのは、いつでもこの、経験的浮世とは一線を画した観念の血肉である。

そのことを直感する者は、たとえ人生経験の乏しい子供であっても詩から多くのものを受け取る。子供は詩歌に書かれた内容を、自らの経験と照らし合わせて感嘆することはないかもしれないけれど、その代わり詩歌の言葉そのものを、未知なるものとして体験する。この〈言葉そのものの体験〉は、自らの経験と照らし合わせて言葉を腑に落とすことにもまして、詩歌と深く向き合う可能性を秘めているだろう。

しろい小さいお面いっぱい一茶のくに  阿部完市

完市の句は変わっているようで、あんがい意味の通らないことは書かれていない。掲句も信濃の風景をリリカルに描いてみたようだ。そして同時に、ここには浮世とは一線を画した観念の時間が流れている。それぞれの言葉はあたかも暗号のように観念と具体とをいったりきたりしながら瞬いているし、またその瞬きが振動となって作品世界に響き渡ってもいる。

いったい、この句を読んで、浮世の経験だけが書かれていると思う人はいるのだろうか? わたしには〈しろい〉〈小さい〉〈いっぱい〉の〈お面〉が、観念と具体との瞬く共鳴を体現する、きれいな鈴のように思われてならないのだけれど。

(ハイクノミカタより)

2021-02-17

阿部大樹『翻訳目錄』の作り方





自主隔離していると、いろんなところから、いろんなものが届く。ウーバーイーツの割引券とか、生の野菜とか、干物とか、蕎麦と真空パックの鰊とか、レトルトカレーとか、ダンボール1箱分の野菜ジュースとか。手作りのものある。りんごジャム、こんにゃくとキクラゲの炊いたん、ごぼうの近江牛巻き、などなど。今日は、いとこから文庫本が2冊届く。保坂和志はわたしがリクエストしたもの。重松清はいとこの見立て。籠城生活が楽しくなってくる。

去年の12月に「漢詩の型を旅する夜」という催しをした平井の本棚さんで、今月の20日、阿部大樹さんの『翻訳目錄』の読書会が開催される。阿部さんはH.S.サリヴァン『精神病理学私記』 の翻訳で2020年日本翻訳大賞を受賞しした精神科医。当日のプログラム(下記)が面白そうなので予約してみた。

ことばでないもの(うまれたばかりの赤ん坊は真白(たぶら) な紙(らさ)でもないのかもしれない)
ことばをさかのぼる(さかのぼるためのお作法とは)
ことばのうつりかわり(records記録 意味の乗り換え)
ことばがうまれるとき(Barometer はアメカゼヲ知ルだけでなくなった)
ことばがきえていくとき(社会から個人からきえる瞬間)
ことばをかきとめる( IMCOMPREHENSIBLE翻訳不能な)
翻訳はかなり多義的でそれだけに自由
翻訳家のやることと精神科医のやることの結びつき

2021-02-14

都会のぐりとぐら





近所を歩いていたら、福音館の本社がありました。こんな都会のまんなかにある会社なんだなあ。ぐりとぐらの時計を見て、きゅっとしあわせなきぶん。

毎週日曜日に連載しているハイクノミカタ、本日は与謝蕪村の句をとりあげました。またウラハイに小文「隔離の日々」を寄稿しています。

あとYouTubeチャンネル「スケザネ図書館」が『いつかたこぶねになる日』をとりあげてくださっています。各所に出た書評なども引用しつつ、45分間『たこぶね』をぶっ通しで語り通すといった驚きの内容です。サムネイルもすごくないですか? ぱっきぱきのレモンイエローが明るくてうれしい。これきっと『たこぶね』の帯からイメージしてくださったんですよね。