2021-10-29

モーレア島からの見舞い





今日あったうれしいこと。太平洋のまんなかに住む、自分にとって大切な知人から見舞いが届いたこと。モーレア島のラグーンとクロアジサシの写真です。

2021-10-28

悠々と紫煙で書いた詩が消えて





さっき少しだけ働き、メールを開くと、本の増刷の連絡が来ていた。わーいと思いつつ横になり『おくのほそ道』のページを15分ほどめくる。ベランダに目をやると、かささぎが手すりの上で尾をふっている。えらく大きなかささぎだ。

歌仙「蝶湧く画布」が満尾になった。捌きの冬泉さん曰く「式目的にはいろいろ問題のある一巻ですが、バッドチューニングでずれてる方がいい…と開き直ってます」とのこと。バッドチューニングはわたしのせいです、ごめんなさい。とはいえかなり良さげな短歌もちらほらみえるし、読みどころはあると思う。特に、

逆位置の月の雫を浴びながらカードをめくる天気予報士
たそがれの密告に振る香辛料(スパイス)は七つの海をわたる履歴書
静粛に!未来の国の鍵の音グラジオラスを通貨に替へて
おばしまに日傘まはして明石まで神籤が告げる恋の鳴滝
(ほとぼり)をさます秘伝の味噌糀あくび伏せたり紅の椀
悠々と紫煙で書いた詩が消えてコスモスを剪るぼくの伯父さん
かたちなき石を尋ねて花の旅 始発は向かふ東風の野原へ
(とひ)になる 蝶湧く画布を抱きかかへ隻手の声を聴く草朧

この辺りが短歌として好きです。歌仙全体はこちら。

蝶湧く画布の巻

◉初折表
(とひ)になる蝶湧く画布を抱きかかへ 夜景
隻手の声を聴く草朧 冬泉
砂山が笑ふラジオのチューニング 羊我堂
カードをめくる天気予報士 
逆位置の月の雫を浴びながら 
鹿棲む森の根の地図たどる 
◉初折裏
霧を編む阿修羅迦楼羅にいざなはれ 
非を認めない総統の歔欷 
たそがれの密告に振る香辛料(スパイス)は 
七つの海をわたる履歴書 
次のパンゲアの臍にて待ち合せ 
鼻高々としくじるパズル 
雪をんな抱けば夜汽車は虚空へ 
冬の月さす子の後ろ影 
静粛に!未来の国の鍵の音 
グラジオラスを通貨に替へて 
(ほとぼり)をさます秘伝の味噌糀 
あくび伏せたり紅の椀 
◉名残表
胸の戸を叩けばどつと溢れ出し 
神籤が告げる恋の鳴滝 
おばしまに日傘まはして明石まで 
ふたごの螺子をさがしあぐねて 
細胞とウィルスの熄まぬタランテラ 
アウトバーンに尾を引くライト 
きつねしかゐない故郷の祭笛 
愚かとふ徳はいづこに 
悠々と紫煙で書いた詩が消えて 
コスモスを剪るぼくの伯父さん 
月へ去る復員船に乗りそこね 
露の入江を孤島に仰ぐ 
◉名残裏
今年酒交はす合掌造りにて 
蝋燭ゆらぐまんだらの宵 
おくるみの中の寝息の柔らかさ 
雲の切手をしまふ抽斗 
かたちなき石を尋ねて花の旅 
始発は向かふ東風の野原へ 

起首2021年5月22日、満尾同年10月27日

2021-10-26

いまだ味わいつくしていないもの





週末から安静にしている。

今日は午後から夫が出かけたのでベッドから起き出し、棚の上にスマホを置いて立ったまま読書してみた。とりあえずどこも痛くない。どのくらい動いても大丈夫かあれこれ試してみたいけど、明日zoomで打ち合わせがあるので軽率な行動はぐっと慎む。読んだのは『とはずがたり』。川上未映子を想起させる。

ふだんゲームをしない友達からラインライダーをやってみたとのメールが届く。むずかしい、どうしてもスピードが出ない、Matthew Buckleyはすごい!とのこと。また別の友達から、来年の春から働くかもしれないとのメール。この友達はわたしがパリに住んでいたころ、とある雑誌社の下請けを一緒にしていた仲間で、働く先はまたその雑誌関係らしい。

人の世に花鳥風月という趣味がある。あれは齢を重ねるにつれて花、鳥、風、月と興味の対象が移ってゆくらしい。わたしも長い間鳥が好きだったのが、いつからか風が胸にしみるようになっていた。わたしはいま鳥よりも風が親しい。そして見上げる月の奥深さはいまだ想像の向こうにある。

2021-10-21

マルグリット・ユレの宇宙音階



昨日はインドの知人から額装されたインドの宗教画をいただいた。昼食は夫と一緒にこしらえ、午後は一人で桑木野幸司『記憶術全史』を寝ながら読む。

読書の合間、寝ながらスマホを眺めていて、先月訪れたル・アーヴルのサン=ジョセフ教会のステンドグラスがすごくSFっぽいな、と思う。ここは空襲で壊滅したル・アーヴルの復興のシンボルとして、1957年オーギュスト・ペレによって建てられた鉄筋コンクリート教会で、絵画的要素が一切なく、シンプルでモダンなデザインが心地いい(とくに布張りの椅子の座り心地が最高)。ステンドグラスを製作したのはマルグリット・ユレ。彼女曰く、音楽のように言葉を使わずに色と幾何学的な線を演奏するだけで宗教を解釈することを目指したとのこと。たしかに宇宙の音階を感じます。


ウィキによるとマルグリット・ユレはフランス・ガラス工芸の巨匠で、世界初の鉄筋コンクリート教会といわれる1923年のノートルダム・デュ・ランシー教会でもペレと一緒に仕事をしていた。近くまで行くことがあれば寄ってみたいな。(下の画像はWikimedia Commonsより)


オーギュスト・ペレについての他の記事はこちら

2021-10-19

上機嫌で行こう





今朝の病院はつらかった。帰宅してソファにうずくまっていたら、夫が昼食を用意してくれた。食べながら手術の日どりを相談し、そのあとまたベッドに横たわり、ふと目覚めたら三時二分。三時からzoomで人と会う約束があったのであわてて起きた。いまは夕食後でまた横になっている。ごく簡単な判断ができないのでメールも溜まりっぱなし。医者は「脳にも影響が出ます」と言うのだけれど本当にそう。ふだんから頭の働きがにぶい方なので異変に気づくのが遅れてしまった。

今日あった楽しいことも書く。ベンガルから夫の知り合いがやってきたこと。二ヶ月間いるらしい。その方から地元のお菓子をいただいたこと。zoomで新しい知り合いができたこと。桑木野幸司『記憶術全史』を買ったこと。雑誌の新連載が決まったこと。どれも、かなりいいこと。上機嫌で行こう。

その白の孵化せるものを秋とよぶ

2021-10-16

シンプル、デリケート、ユーモラス。



午前中は体調をみながらいくつか用事をこなす。午後は明日しめきりのゲラを見直し、俳句と付句を5句ずつつくる。

そのあとはラインライダーで遊びながら他人の作品をチェックしていたのだけど、数多ある動画の中でMatthew Buckleyがつくづく最高だわと思った。

シンプルにしてデリケート、かつユーモラス。「月の光」と「ウィリアム・テル序曲」もいいけれど、とにかく疾走する「愛の夢第3番」が好き。速度のコントロールの絶妙さもさることながら、ラインのレイアウトに嘘みたいなエスプリがあって、これはもうラウル・デュフィを軽く超えている。軽やかな夢の軌跡を線で表現してみたらこうなりましたって感じ。


2021-10-13

巻き上がる感覚とケーキ





友人がソン・ガンホにはまっているという。『パラサイト』しか観たことがないせいか、その発言にいまひとつピンとこなかったので、良い機会だと思い『タクシー運転手 約束は海を越えて』と『グエムル-漢江の怪物-』を立て続けに観た。うーん、なるほど、たしかにいい。

で、そのままの、いいなって気分でアパートの扉をあけると、仏壇の線香の香りが廊下に充満していた。一瞬夢を見ているのかと疑ったが現実のようだった。懐かしい匂い。いろんなフレグランスがあるけれど、わたしが本当に好きなのはまさにこの、線香の香りかもしれない。

堀田季何句集『星貌』『人類の午後』刊行記念の連句が巻きあがる。連句が巻き上がったときの感覚って、ケーキが焼きあがったときのそれに似ていると思う。わかってくれる人いるかしら。もしいたら、なぜ似ているのかその理由をわたしに言葉で解き明かしてほしい。

歌仙 大海の巻

◎初折表
大海は大河拒まず鳥渡る 季何
貌さまざまにゆきあひの空 冬泉
はからずも月の館の窓開いて 羊我堂
グラスに草の花を挿す人 無鹿
山なみは色なき風を宿すらむ 伯美
砂の香りを掬ふ左手 岳史
◎初折裏
サーカスが黄ばんだ奇書のあひだから 夜景
驚愕噴水とまりつぱなし 胃齋
悪戯が過ぎてコーラスふと乱れ 
くるほしいほど撫でつける髪  
竈よりノンバイナリの猫出でて 
なきとよみゆく夢の通ひ路 
長き夜にドゥルーズ=ガタリ捲りつつ 
桂男のうつくしきうそ 
星眼の構へをさらふ牛蒡引き 
弥勒めざめるまでの泥濘 
悠久の蜜の揺らぎを花は秘め 
かひやぐら抜け先師に出逢ふ 
◎名残表
あらましの記憶に染まぬしやぼん玉 
私のゐない多元宇宙(マルチバース)へ 
巣に還るシュヴィッタースの音響詩 
「男も首相になれる?」と聞かれ 
ひ(め)みこを待ちくたびれる風の谷 
白無垢を着て(ヴェスティ・ラ・ジュッバ)笑はれに出よ 
天狼にタンブレッロを打ち鳴らし 
言語未成の雪の原喚ぶ 
マスターの十八番の虚数割り 
はらり残盃落人の里 
うばたまの冥王代に月きたる 
もの思はざる葦に見せばや 
◎名残裏
あつさりと自我を脱ぎ捨てそよぐ秋 
これより先は金の尾を曳き 
霾天の黎(くろ)き鏡にうつほびと 
開帳されたダビングビデオ 
あとかたもなき戸に花のふりしきり 
楽園までの道忘れ雪 

起首2021年9月12日、満尾同年10月12日

2021-10-12

人となるつもりが花は濡れたまま





ゆうべ食事の最中、夫の携帯に電話がかかってきた。こんな変な時間に誰だろうと思ったらわたしの主治医からで、電話の向こうで「あんたの奧さんを出せ」と言っている。おそるおそる代わると、数日前にやった血液検査の結果がひどいから、明日の朝、一般診療が始まる前にかならず診療室に来るようにとのことだった。

そんなわけで今日は朝から病院に行った。もっとまめに顔を出せと医者に叱られ、「具合悪くないの?」と訊いてくるので「ええと、別に…」と答えると呆れた顔をされ、その顔が悲しくて、帰宅してからもずっとしゅんとしていた。

窓の外を羊雲が群れをなしてぐんぐん進んでいる。大きくてエネルギッシュであれは羊というより牛だ。夫が淹れてくれたお茶を飲み、少しだけ働き、沈括『夢渓筆談』を拾い読みし、付句を整理する。

跡形もなき戸に花の降りしきり
人となるつもりが花は濡れたまま
しづかなり天狗は花をこぢあけて
巣に還るシュヴィッタースの音響詩

桂男のうつくしき嘘
はらり残盃落人の里
虹を闇討つ神々の角

2021-10-11

ひさしぶりの秋晴れ





日曜日はひさしぶりに海沿いを散歩し、その帰りしなパン屋に寄った。このパン屋はいま三代目で、もうすぐ創業100年の、うちの近所ではかなり古い方の商店だ。一代目は町内の市場で果物を売っていたそうでそのころの写真がこちら。


月曜日の早朝は公園に太極拳と棒術の練習にゆく。公園につくと白装束に身を包んだ2名の先客がいて、楊式太極拳を練習していた。しばらく見ていたら今度は楊式36式扇をはじめた。かっこいい。話しかけたいなと思いつつ、結局せずじまい。もしもまた会う機会があったら話しかけてみよう。

棒術の練習をしていると仲間たちがやってきて、ベンチの上に置いておいたわたしの布鞄をみんなで勝手にひっくりかえしはじめた。写真家の入交佐妃さんに貰った、なんだかよくわからない動物のアップリケがリバーシブルで刺し子になった超個性的な鞄なのだ。どこに行っても「これあなたがつくったの?すごいね!」と賞賛されてしまうので、そのたびに「すみませんちがいます」と言わなければならない。

午後はスケザネさんと話す。個人的に聞いてみたいことがあったのに、本関係のあれこれを話しただけで1時間がすぎてしまった。

2021-10-08

スタニスワフ・レムの墓





蜂谷一人さん執筆の歳時記「キゴサーチ」、本日はわたしの〈そらりすの光を曲げてこすもすは〉が挙がっていて、『ソラリスの陽のもとに』の作者スタニスワフ・レムにかんするこんなエピソードが綴られていました。

閑話休題。知り合いの翻訳家の方が、ポーランドのレムの墓に詣でたことがありました。蠟燭や小石、菓子やマロニエの実がぎっしりと供えてあったそうです。その時のビデオを見せてもらったのですが、クロウタドリの声が木立にこだましていました。小石を供えるのはユダヤの習慣。菓子はレムが甘いもの好きだったから。彼のマロニエの実への執着は「高い城」に描かれています。

光景が目に浮かぶような文章。実際の墓が見たくなってGRAVESで検索してみたのがこちら。すごくかっこいい。お供え物が多いのも印象的。あと写真・ポーランド語翻訳・デザイン等を手がける芝田文乃さんのブログにも墓参記が。散策に良さそうです。

この歳時記、掲句の他にも〈あさがほのかたちで空を支へあふ〉〈あたたかなたぶららさなり雨のふる〉等が紹介されています。

2021-10-05

ド・ディオン=ブートン社製の三輪バイク



きのうは「締め切りがなくなって心の羽根がそよそよしてる」と日記に書いたあと『ロッキー』シリーズの練習シーンのつめあわせを鑑賞した。手にはグラス、ではなく、ダンベルを握りしめて。

『ロッキー』はもう何十回も見ているけれどいまだにストーリーがあやふやだ。映画でも本でも、大抵わたしは作品の意味を読むことなしに、ただその世界を眺めるか浴びるかしている。子供のころ世界とそうやってつきあっていたように。

そして寝て起きて今日は画像の整理をした。ジャン・ジエッタ(Jean Gilletta)の三輪バイクの写真を見つけたので、


なんとなく検索してみると、フランスのド・ディオン=ブートン社製のガソリン車と判明。同社は1883年設立の、世界で最初に自動車を製造した旧大手メーカーだ(この三輪バイクものちに四輪に改良された)。ガソリン車の前はスチーム車を造っていたらしい。この手のことを何ひとつ知らないわたしにはすごく新鮮な話である。モナコに自動車博物館があるので、ちょっと行ってみよう。

ジャン・ジエッタはルヴァンに生まれ、50年間にわたってコートダジュールの風景を撮り続け、その神話化に貢献した人物。ポストカード会社も設立したりと、ニースがリゾート地として成功したのは彼の功績だと言われている。下の自撮りは1900年撮影。

2021-10-04

ゆらゆらした一日





昨夜とある原稿をメールで送ったあと、いま自分がひとつも締め切りのない状態であることに気がついた。

そんなわけで、心の羽根がそよそよしてる(軽くて)。

白雲に心をのせてゆくらくら秋の海原思ひわたらむ/上田秋成

琵琶湖に遊んだ折の一首。「ゆくらくら」はゆくらゆくらの省略形で、ゆらゆらと揺れ動くさま。万葉集に、

大船のゆくらゆくらに思ひつつわが寝る夜らは数(よ)みも敢へぬかも

と結ぶ長歌があるそうで、秋成はこれを下敷きにしたのだろうとどこかの本に書いてあった。

2021-10-01

ハイクノミカタ連載終了





この一年間担当していたハイクノミカタの連載が終わりました。原稿というのは書いているときは何も思いつかず、出してから「あれを書いたらよかった」と着想が浮かぶもので、そのひとつに4月28日の記事に引いた、

ああ皐月仏蘭西の野は火の色す君も雛罌粟(こくりこ)われも雛罌粟/与謝野晶子

という歌の感想があります。これについてわたしは「愛と情熱を賛美的に描くのみならず、項羽と虞姫に自分たちを重ねていたのではないか」と書きまして、その想像自体は変わらないのですけれど、あのあと古今集に、

春日野はけふはな焼きそ若草のつまもこもれりわれもこもれり/よみ人しらず

という歌があるのに気づき、晶子はここから下の句の音像を採ったに違いないと思ったんですよね。ついでに言えば「野」「火」「男女の恋」「地名入り」「植物入り」といった点も作りが一緒。まあこういったことがいろいろありつつも、とりあえず終わった次第です。