2021-10-28

悠々と紫煙で書いた詩が消えて





さっき少しだけ働き、メールを開くと、本の増刷の連絡が来ていた。わーいと思いつつ横になり『おくのほそ道』のページを15分ほどめくる。ベランダに目をやると、かささぎが手すりの上で尾をふっている。えらく大きなかささぎだ。

歌仙「蝶湧く画布」が満尾になった。捌きの冬泉さん曰く「式目的にはいろいろ問題のある一巻ですが、バッドチューニングでずれてる方がいい…と開き直ってます」とのこと。バッドチューニングはわたしのせいです、ごめんなさい。とはいえかなり良さげな短歌もちらほらみえるし、読みどころはあると思う。特に、

逆位置の月の雫を浴びながらカードをめくる天気予報士
たそがれの密告に振る香辛料(スパイス)は七つの海をわたる履歴書
静粛に!未来の国の鍵の音グラジオラスを通貨に替へて
おばしまに日傘まはして明石まで神籤が告げる恋の鳴滝
(ほとぼり)をさます秘伝の味噌糀あくび伏せたり紅の椀
悠々と紫煙で書いた詩が消えてコスモスを剪るぼくの伯父さん
かたちなき石を尋ねて花の旅 始発は向かふ東風の野原へ
(とひ)になる 蝶湧く画布を抱きかかへ隻手の声を聴く草朧

この辺りが短歌として好きです。歌仙全体はこちら。

蝶湧く画布の巻

◉初折表
(とひ)になる蝶湧く画布を抱きかかへ 夜景
隻手の声を聴く草朧 冬泉
砂山が笑ふラジオのチューニング 羊我堂
カードをめくる天気予報士 
逆位置の月の雫を浴びながら 
鹿棲む森の根の地図たどる 
◉初折裏
霧を編む阿修羅迦楼羅にいざなはれ 
非を認めない総統の歔欷 
たそがれの密告に振る香辛料(スパイス)は 
七つの海をわたる履歴書 
次のパンゲアの臍にて待ち合せ 
鼻高々としくじるパズル 
雪をんな抱けば夜汽車は虚空へ 
冬の月さす子の後ろ影 
静粛に!未来の国の鍵の音 
グラジオラスを通貨に替へて 
(ほとぼり)をさます秘伝の味噌糀 
あくび伏せたり紅の椀 
◉名残表
胸の戸を叩けばどつと溢れ出し 
神籤が告げる恋の鳴滝 
おばしまに日傘まはして明石まで 
ふたごの螺子をさがしあぐねて 
細胞とウィルスの熄まぬタランテラ 
アウトバーンに尾を引くライト 
きつねしかゐない故郷の祭笛 
愚かとふ徳はいづこに 
悠々と紫煙で書いた詩が消えて 
コスモスを剪るぼくの伯父さん 
月へ去る復員船に乗りそこね 
露の入江を孤島に仰ぐ 
◉名残裏
今年酒交はす合掌造りにて 
蝋燭ゆらぐまんだらの宵 
おくるみの中の寝息の柔らかさ 
雲の切手をしまふ抽斗 
かたちなき石を尋ねて花の旅 
始発は向かふ東風の野原へ 

起首2021年5月22日、満尾同年10月27日