2019-12-29

シストロンの山




ここへきて夫婦で風邪を引いてしまい、昨日と今日は大人しくしている。ごはんもコーンフレークに豆乳ですます。

ごろごろしていると、シストロンに住む兄弟弟子から山の風景写真が届く。版画みたいで、気持ちいい。

とでもいふごとく色あり山眠る  夜景

2019-12-28

エアーなたわむれ





土曜日の読書「紙ヒコーキに乗る」更新。引用は『紙ヒコーキ/ハリー・スミス・コレクション 第1巻』より。以前このブログに書影をあげましたが、とんでもなく美しい本です。

発泡スチロール協会のサイトによると、発泡スチロールの原材料は直径1ミリ程度のポリエチレンの粒で、この粒を蒸気で加熱し、約50倍に膨らませたものが製品になります。また成形の際も蒸気のみを使います。熱を与えると粒同士がくっつくそうです。

発泡スチロールという製品の98%が空気、2%がポリエチレンからできている  これ、よく考えるとすごくないですか。

だって、つまり、発泡スチロールペーパーのヒコーキを飛ばす遊びは、空気の上にほぼ空気の物体を乗せるという、かぎりなくエアーなたわむれだということでしょう? たわいのなさをかくも極めるとは、なんと美しい世界でしょうか。

ひきはがす東風とペーパーヒコーキを  夜景

2019-12-27

大聖堂のデコレーション




今日はカナダから来客。雪国からどんどん避寒者が押し寄せてくる。

散策しながら、ふだん見ないものを見る。写真はサント・レパラート大聖堂。1650年から1699年にかけて建設されたバロック様式の大聖堂で、ニースの街の守護聖人である聖レパラートが祀られています。祭壇がクリスマスの飾りつけで賑やか。


特にこのてっぺんの金の布と星の装飾が、ケーキのデコレーションみたいで嬉しい。

いかにもと六花を藁に包み来し  小津夜景

2019-12-26

街で過ごす





スイスより客人あり。お昼ごはんを共にし、旧市街を案内する。レストランの本日のおすすめは焼き鱸。釣り上げたばかりでとてもおいしかった。

* * *

秋登宣城謝朓北楼  李白

江城如画裏 山暁望晴空
両水夾明鏡 双橋落彩虹
人烟寒橘柚 秋色老梧桐
誰念北楼上 臨風懐謝公

秋、宣城の謝朓、北楼に登る  李白

川べりの街は画のようで
澄みきった空に夕ぐれの山がみえる 
両筋の川は明るい鏡と化して街をはさみ
二本の橋が美しい虹に扮して水にゆれる 
人家の煙は蜜柑の木にさむざむと
秋の気配に青桐の葉が老いてゆく
誰も気づくまい この北楼の上に
風に吹かれつつ謝朓を想うわたしがいるとは

宣城は町の名前。李白は謝朓の大ファンで、謝朓が建てたと言われる北楼にのぼって町を一望し、この詩を書きました。

この詩は情景描写のしっかりしているところが気持ちいい。あと5、6句が、一句ずつ眺めると語と語のあいだの余白が大きくて、表現を足さないと和訳できなそうにみえるのですが、二句が隣り合うとお互いの足りないものを補いあっていて、あ、何も足す必要がないんだとわかります。

2019-12-23

いろいろな昼寝(澤の俳句 8)





公園におすまいの、がちょう。おひるねちゅう。かわいい。近づいても気づかないみたいでした。

古代ギリシア哲学概論B昼寝  木内縉

〈ギリシア〉に〈昼寝〉とは抜群のハーモニーですね。〈B〉の小技もいい。この一語のおかげで全体が引き締まっています。さらに名詞のみで一句を構成して一切の心理を省いたのも、居眠りの演出にぴったり。この作者には、

天井に曼荼羅のある午睡かな  木内縉

といった昼寝句もあって、こちらは浅い眠りをたゆたうときのサイケデリックな脳内劇場を〈曼荼羅〉が表象しているみたいでおもしろい(もちろんふつうに読んでも素敵)です。

熟睡度で比べると、ギリシアの句の方が、曼荼羅よりも高そうです。よだれが見えます。

2019-12-21

無料新聞





トラムの駅で配布されている無料新聞に、港の駅が開通した写真が載っていた。ニースってこんなに人がいたんだ。開通した週末は無料だったのでそのせいかしら。ちなみに普段の値段は、どこまで行っても一律1,5ユーロ(回数券を買うと1ユーロ)です。

先週の土曜日の読書は「自由をたずさえる」。引用は沢木耕太郎『深夜特急』でした。この本、カッサンドルの装画に惹かれて、文庫が発売されるたびに読んでしまったという人はわたしだけじゃないはず。カッサンドルのポスターで有名な豪華客船ノルマンディー号の出港地ル・アーヴルはマルセイユにつぐフランス第2の港で今でも船旅のメッカです。地元では毎週といっていいくらい麻薬の荷下ろしの話がニュースになります。

喫茶江戸川柳 其ノ玖」更新。今回のテーマは動物でした。毎回ぼんやりしているだけで5句ずつ川柳を教えてもらえて楽チンです。

2019-12-19

早朝の駅





早朝4時半、旧私鉄駅がクリスマス用の電飾でこんなことになっていた。ホラー映画っぽくて怖い。なんでこんな気持ち悪い色にするんだろう…。電飾と花火はアジアの方がずっといいなっていつも思う。

2019-12-16

お菓子のつぶやき





ひとくちにお菓子が好きといっても、食べるのが好き、つくるのが好き、眺めるのが好き、調理道具が好き、といろんな種族がいる。

わたしは調理道具が好きで、結婚の折、必要なあれこれを母に揃えてもらった。結婚したあとも、長らく荷物はトランク一個分の私物とその調理道具しかなかった。これはフランスでの仮住まいがいつまで続くかわからず、最小限の荷物で生活を回していたからなのだけれど、そんな状況でも調理道具は必須だったのだ。ステンレスの銀、鉄の黒、ガラスの透明。この三原色の道具をつかい、材料を計って調理台の上にならべると、気分はもう化学者である。

お菓子づくりの主材料には、肉や魚や野菜のような安定したかたちがない。だから出だしの作業は、かたちのないものに手を加え、スポンジ、メレンゲ、クリームなどの部品をひとつずつ形成するところから始まる。時間、温度、軽量を守り、変化自在の材料を手なずけ、ようよう部品が揃ったあとは、それらを一気に交響させる。材料をそのまま煮たり焼いたりしてもとりあえず食べられるごはんづくりとは性格がちがい、お菓子づくりは厳格な、均整主義の、雪のごとき貞操を守っている。

2019-12-12

何も知らないままに





遠い国から来た客人をクリスマス・マーケットにご案内する。

この日の晩ごはんはコルシカ島のソーセージ&生ハムセット、サヴォア地方のチーズフォンデュサンドイッチ、そしてホットシードル。屋台で立ったまま食べた。寒かった。この冬はかなりお酒を嗜んでいて、ここ1ヶ月で500mlくらい飲んでいる。ホットシードルはアルコール飲料じゃないよ、とは仰らないでください。たぶん1%くらいは含有されておりますゆえ。

話は変わって、わたしは俳句を始めてかれこれ6年になるのですが、まだ書店にある俳句雑誌を購入したことがないんですよね。自作も見ない。ゲラで確認しておしまいです。他のジャンルの作り手よりは少ないかもしれないけれど、こういうタイプの人間ってそこそこいると思います。

わたしの場合、なぜ読まないのかというと、シンプルに時間とお金がないのが理由。あと雑誌は俳句にまつわるいろんなことを特集しているから嫌、というのもあります。

雑誌をひらいて、作句の虎の巻みたいな文章がうっかり目に入ったりしたら大損です。よくわからないまま飛び込み、やりながら思考するのが快感なのに、せっかくの楽しみを奪われてしまうんですもの。

それから、俳句の道をとてもゆっくり歩きたいというのもあります(早足だと疲れちゃうから)。情報って、どうしても人の心を忙しくするでしょう? ゆっくり歩くことの邪魔になる。

人生に残されたいくばくかの時間。それをどうつかいたいのかを自問すると、俳句とはマニュアルなしに、相手の正体を何も知らないままに、ただ純粋に恋愛していたいと思うんです。

2019-12-11

枕上浮雲


最近はクリスマスが近いので、お菓子のことを調べて過ごしています。

青木正児が袁枚『随園食単』を訳した理由が戦時中の空腹をごまかすためだったのは知られた話ですが、前川千帆『閑中閑本』の第1冊目『文献偲糖帖』もまた「華かなりし頃のもろもろの糖分を偲んで僅に慰む」ために書かれたそうです。日本から消えゆく甘いものの名前を一つ残らず記しておきたいという気持ちだったんですって。

それで思い出したのが、河上肇『枕上浮雲』のこと。河上が亡くなるのは1946年1月30日ですが、最期の日々をお饅頭のことばかり考えて過ごしていたのがすごく悲しいんです。



「枕上浮雲」より  河上肇

七月四日
もしも天われに許さば蒸したての熱き饅頭食べて死なまし

平和来たる――八月十五日――
大きなる饅頭蒸してほほばりて茶をのむ時もやがて来るらむ

九月一日
饅頭が欲しいと聞いて作り来と出だせる見れば餡なかりけり

九月七日
小さなるいほりに住みて大きなる饅頭ほほばり花見てあらな

九月八日
われ死なば花を供へよ大きなる饅頭盆に盛りて供えよ
何よりも今食べたしと思ふもの饅頭いが餅アンパンお萩
死ぬる日と饅頭らくに買へる日と二ついづれか先きに来るらむ

九月九日
さほどまで肉もさかなも思はねど饅頭のみは日に恋ひつのる
分厚なる黒餡つつむ饅頭にまされる味は世にあらじかし
ふるさとの焼き饅頭の黒餡のにほひこほしむ老病の身
仏壇に法事するとてうづたかく饅頭盛りし昔なつかし

2019-12-09

逢魔が時の蕎麦(澤の俳句 7)





へぎ蕎麦の二十の渦や春の宵  根岸哲也

蕎麦を一口分ずつ指に絡めとり、片木にずらりと盛りつけた光景を〈渦〉に喩え、そこへふんわりとした逢魔時たる〈春の宵〉を組み合わせた絶妙さ。そのまま読んでも非常に手慣れた句ですし、二十のうようよした渦をトワイライトゾーンに見立ててもポップな怪奇趣味風でおしゃれ。さらには新潟名物〈へぎ蕎麦〉の喉越しも、つなぎに布海苔を使用しているせいでぬるぬるっと妖怪っぽい。相当に実のある句です。

サンキューアハハと聞こえ鳥語や八重桜  弓緒

この句の素敵さは、作者が自分自身を俳句という型にとても上手に預けているところ。伝統の懐の深さを思い出させてくれます。ふいに鳥の声が〈サンキューアハハ〉と聞こえた認識事故を、めでたい〈八重桜〉で受けとめたことで、この世界が祝福されたかのような演出も楽しい。世界の側が主体を襲うというのは実に根源的な意味との遭遇です。私もこの句のように、世界に自分をあけわたそう、そして教えられたことを書こうって、ことあるごとに誓うんですよ。

2019-12-06

コルカタの道



月淡くしてコルカタの道をゆく  夜景

la boîte aux lettres du Père Noël



2019-12-03

「名著百選」



ブックファースト新宿店で開催中の「名著百選」にライターのpha氏が『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』を選んでくださったそうで(どうもありがとうございます)、ついさっき東京からこんな写真が届きました。


うれしい。お買い上げくださった方、ありがとうございます。どんな本か気になる方はこちらの紹介ページをどうぞ。

2019-12-01

歌仙「アンドロイドの巻」



歌仙「アンドロイドの巻」満尾です。連句とは「自分で書かないことの面白さ」だなあと、今回もつくづく。

小津夜景・冬泉・羊我堂・三島ゆかり
須藤岳史・森尾みづな・流霞・岡本胃齋