最近はクリスマスが近いので、お菓子のことを調べて過ごしています。
青木正児が袁枚『随園食単』を訳した理由が戦時中の空腹をごまかすためだったのは知られた話ですが、前川千帆『
閑中閑本』の第1冊目『
文献偲糖帖』もまた「華かなりし頃のもろもろの糖分を偲んで僅に慰む」ために書かれたそうです。日本から消えゆく甘いものの名前を一つ残らず記しておきたいという気持ちだったんですって。
それで思い出したのが、河上肇『枕上浮雲』のこと。河上が亡くなるのは1946年1月30日ですが、最期の日々をお饅頭のことばかり考えて過ごしていたのがすごく悲しいんです。
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「枕上浮雲」より 河上肇
七月四日
もしも天われに許さば蒸したての熱き饅頭食べて死なまし
平和来たる――八月十五日――
大きなる饅頭蒸してほほばりて茶をのむ時もやがて来るらむ
九月一日
饅頭が欲しいと聞いて作り来と出だせる見れば餡なかりけり
九月七日
小さなるいほりに住みて大きなる饅頭ほほばり花見てあらな
九月八日
われ死なば花を供へよ大きなる饅頭盆に盛りて供えよ
何よりも今食べたしと思ふもの饅頭いが餅アンパンお萩
死ぬる日と饅頭らくに買へる日と二ついづれか先きに来るらむ
九月九日
さほどまで肉もさかなも思はねど饅頭のみは日に恋ひつのる
分厚なる黒餡つつむ饅頭にまされる味は世にあらじかし
ふるさとの焼き饅頭の黒餡のにほひこほしむ老病の身
仏壇に法事するとてうづたかく饅頭盛りし昔なつかし