へぎ蕎麦の二十の渦や春の宵 根岸哲也
蕎麦を一口分ずつ指に絡めとり、片木にずらりと盛りつけた光景を〈渦〉に喩え、そこへふんわりとした逢魔時たる〈春の宵〉を組み合わせた絶妙さ。そのまま読んでも非常に手慣れた句ですし、二十のうようよした渦をトワイライトゾーンに見立ててもポップな怪奇趣味風でおしゃれ。さらには新潟名物〈へぎ蕎麦〉の喉越しも、つなぎに布海苔を使用しているせいでぬるぬるっと妖怪っぽい。相当に実のある句です。
サンキューアハハと聞こえ鳥語や八重桜 弓緒
この句の素敵さは、作者が自分自身を俳句という型にとても上手に預けているところ。伝統の懐の深さを思い出させてくれます。ふいに鳥の声が〈サンキューアハハ〉と聞こえた認識事故を、めでたい〈八重桜〉で受けとめたことで、この世界が祝福されたかのような演出も楽しい。世界の側が主体を襲うというのは実に根源的な意味との遭遇です。私もこの句のように、世界に自分をあけわたそう、そして教えられたことを書こうって、ことあるごとに誓うんですよ。