2020-07-31

半生は舟を持たないままに過ぎ





今日は病院の日。予約制なので、待合室にはわたし一人。暑いからか、ベランダにも椅子が出ていた。というわけでそこに座り、医者が呼びにくるまで待つ。

* * *

連句誌『みしみし』6号を読む。好きだったのはこのくだり。

憂国の志士つどひたる龍土軒  媚庵
切断される赤い鉄骨  桐子
飛び越えた火が褌に燃え移り  恵

褌の句、かっこいいですねえ。それからもうひとつ、一句で光を放っていたのがこちら。

半生は舟を持たないままに過ぎ  ゆらぎ

なんて美しい付句なのでしょうか。すぐに大室ゆらぎさんの作品が読みたくなって、ぱらぱらとページをめくると、ありました。

禾のある落穂拾へば麦の粒溢れて爾余は風に攫はる
滝壺に視線を落とす身体よりずつと遠くに行ける視線を
墓山の崩れに細くたよりなく這ひまつはれる夏藤に花
大室ゆらぎ「鄙の夏」より

すばらしい歌。出会えたことが嬉しかった。

2020-07-29

読書の風景、あるいは人はなぜ本を読むのか。





『トイ』Vol.02より。

ふたり入りもう出てこなさう薔薇の園  干場達矢

花園の内側に感じられる異界の兆しを、〈さう〉といったソフトな同定で捉えたところがこの句の要所。ここは〈さう〉くらい柔らかく受けて、空間の構造が固くなるのを防がないといけない、というわけです(たぶん)。たしかに構造が固いと奥行きも浅くなるから、せっかく園の内側に入っても、非実在感や秘境性が香ってこなくなりますよね。

悪文にリズム先刻より囀  干場達矢

これはオーラのある句。まず〈リズム〉と〈囀〉といった音楽つながりの対句と双方の語呂の近さがいい。次に〈先刻〉という語の選択がいい。切り返しに置いたときの引きが強いです。それから〈より〉と〈囀〉との音節上の相性がいい。下五の字余りに納得の強勢を生み出しています。

ところで、この句にはもうひとつ面白いことがあって、それは何かというと、

数ページの哲学あした来るソファー  西原天気

との類似性です。西原さんの句も、出だしの〈数ページの〉が奏でる装飾音的な多幸感や、〈哲学〉と〈ソファー〉の取り合わせの巧さや、未来へとひろがる〈あした来る〉の盛り上がりを〈ソファー〉という意想外のオブジェクトで受け止めたところなどが見事ですが、これらふたつを並べてあっと気づいたのは、どちらの句も前半が「難書との取っ組み合い」で、後半が「外部からもたらされる快楽」になっていることです。

これ、偶然の一致ではなく、読書の一景としての普遍性がありそうに思われます。

言葉にかじりつき、その内へ内へ潜ろうとする意識と、本なんて捨ててこっちへおいでよ、外はこんなにも愉しいのだから、と誘う世界。人はそのあいだで引き裂かれることもあれば、うまく一冊を読み終え、脱皮しおおせることもあります。

一冊の本を読み終わり、外に出て海を見たときのあの輝き、一度死んで生まれ変わったようなあの悦ばしい感覚を思い出しながら、そんなことを考えました。

2020-07-28

正チャン、タンタン、ベカシーヌ!





今日たまたま、樺島勝一『正チャンの冒険』について「エルジェ『タンタン』より6年も早い1923年の刊行である。『タンタン』には『正チャン』の影響があるのではないか、うんぬん」と書かれた文章を読み、興味が湧いたので検索してみたところ、同じ比較をしている人が多くて、かつてオリーヴ少女だった者としてはジョゼフ・パンションの『ベカシーヌ』が知られていなさすぎなことに衝撃を受けた。

エルジェが影響を受けたと公言しているパンションは、フランスにおけるコマ割り漫画のパイオニアにあたる人物。彼の『ベカシーヌ』は『タンタン』に遡ること24年前の1905年より、フランスの少女向け新聞『シュゼットの一週間』で連載されていたフランスの国民的漫画だ。ストーリーは、ブルジョアのおうちで働くおっちょこちょいのお手伝いベカシーヌさんがさまざまな騒動を起こすといったもの。パンションの他の漫画では、少年が冒険する『ぽっちゃり君の冒険』なども人気だったらしい。


わたしの持っている本はコマ割りになっていないものだけれど、エルジェが真似たと言ったのがよくわかる絵柄。とくに明瞭な線がそっくり。映画がこれまためちゃめちゃ可愛い。

2020-07-27

光る植物





今宵の散歩は泳いでいる人より釣竿の数の方が多かった。コート・ダジュールのR値は1,5を超えているので、海岸でもマスクをしたいのだけれど、息苦しくてちょくちょく外してしまう。ヴァカンスはまだ1ヶ月以上つづくから、正直ちょっと心配。

溜まっていた書き物をして、そのひとつを友だちにメールで送る。すぐに友だちから返信が来て「明日は夫婦でバスツアーです。薬草アイスとかを食べます」とあった。わたしも舐めてみたい。

気分を仕切り直そうと思い、ブログのヘッダーを古書と人工観葉植物に変えた。写真でみると、テーブルライトがいい感じに当たって、植物が宇宙人みたいに光っていた。

2020-07-26

哀愁のスクリュー感覚



ご連絡くださっていた方々、ご心配おかけしました。復活しました。これから急いでメールの返信いたします。

ブログを休んでいた7日の間に、いろいろ考えるところがあって、来年の夏にニースを去っていても思い残すことがないようステラ・マッカートニーのビキニを買いました。パラソルとチェアを抱えて今週からgo to the beachです。


羊我堂さんが作ってくださった歌仙「即興の雨の巻」の画像。今回は珍しく、自分とかかわりのある部分の展開がいいなと思いましたです。

三鞭酒(シャンパン)こぼれ跳ねる狐火  羊我堂
Ora Orade Shitori egumo と雪にふれ  夜景
老いてうれしき luno malvarma(寒月)  岳史

漢字書きのシャンパンの妖しい官能性よ。この雰囲気にはラテン語が似合うと思ったので、宮澤賢治の岩手弁ローマ字書き(ってラテン語みたいじゃないですか?)をつけてみたら、須藤さんがすばやく察知して、同じく普遍語のエスペラント語をつけてくれたのが嬉しかった流れ。

マイルスのトランペットが長き夜を  岳史
葡萄に捧ぐ陽のオムニバス  夜景

ここは普通に、短歌を仕立てようと思ってつけた転じ。一首として読んだときの措辞のねじれ方、名付けて「哀愁のスクリュー感覚」が気に入っています。

2020-07-20

どんな日であらうと交はすどくろ杯





最近は暑いので、夜に散歩をしているのですが、この季節、3分に1回くらいの割合で、空に飛行機を見るんです。で、そのエンジン音を聞くたび、脳内に城達也の「ジェット、ストリィィィム…」という声が響き渡るんですよ。だから、そうですね、散歩1回につき、だいたい10回くらい、城達也が、やって来ます。

しかし遠いですねえ、城達也の声で想う、外国というのは。

23時半になると、ベランダに出て、寝る前のハーブティーを飲みます。この時刻のベランダは、カモメの帰宅ラッシュと重なって、空にほの白い大群が現れるんです。カモメは山の方におうちがあるらしく、山に向かって、すごい勢いで飛んで行きます。ときどき帰らないカモメもいて、真夜中すぎても遊んでいる。一体いつ寝るんだろう?

2020-07-11

瑠璃の世界(澤の俳句 15)






日没のころ。地元の人たちが海へ出て、釣りをしたり、食事をしたりしている。毎日すごい人出。

* * *

瑠璃のこゑ空も狹しと歸燕今朝  高橋睦郎

酒井抱一〈朝がほや瑠璃の世界に人は今朝〉の本歌取りですね。景色が地から天へ、感覚が目から耳へ、主役が人から鳥に変化していて、こんな返しが届いた日には抱一も手を叩いて喜ぶことでしょう。

内容については、抱一句では、瑠璃の色と眼差しとがひとつにとけあって、世界と自己との境目が消失する神秘が美しく描かれている。片や睦郎句では、瑠璃の声を空いっぱいに響き渡らせつつ、世界を我が物として抱きすくめる燕のりりしさが胸に迫ります。全体を倒置にしたことで生まれた大柄な華やかさも、下五〈歸燕今朝〉の渋さもお見事です。

酒井抱一の句といえば、俳諧では世界という語がどんなふうに使われてきたのかについて、2回に分けてこちらに書いたことがあります。昔の人の作品がとても面白いので、お読みいただけますと嬉しいです。

2020-07-07

7月の本とコーヒー




Sleep Coffee and Roaster / ナツメ書店は福岡県の海辺の町、西戸崎にある築100年の元時計店を改装したコーヒースタンド&本屋さん。こちらのお店が、その月のおすすめ本と、本に合わせてセレクトしたコーヒーのセットを販売しているのですが、なんと今月の本に『カモメの日の読書』を選んでいただきました。そして焙煎士でもある店主の選んだコーヒーは、、、どうぞオンラインショップをご覧ください。とても素敵なコーディネートなんですよ。

ナツメ書店サイトはこちら。ツイッターはこちら

2020-07-06

人間と犬





7月7日はリンゴ・スターの誕生日。彼、2年前の7月7日に近所のカフェで内輪だけの誕生日会をやったそうで、わあリンゴがいるよ!と延べ200人の住民が集まった、と記事になった新聞がこれ。たくさんの人が集まってくれたからと、カフェのテラスで数曲サプライズ演奏していました。

* * *

『コドモクロニクル』で、須藤岳史「忘れられたラプソディ(あるいは蛇)」を読む。これは須藤さんが子供のころに体験した、名前と物との不安定な関係について書かれたエッセイなのですが、大人になってもその関係がうまくいかないことってあるなと思いました。

5年ほど前のある日、たまたま入った喫茶店の、腰を下ろした席の向かい側に、長い髪をした女性が後ろ向きに座っていたんです。女性は背もたれの高い一人掛けソファに腰を下ろし、ぴんと背筋を伸ばして、ちょうど後頭部だけが見える状態でした。で、その後頭部の髪がたっぷりと豊かな銀色で、ふんわりと波うち、この世のものとは思えない幽霊的な美しさだったんですよ。

わたしは、わあ、なんて綺麗な白髪だろう、しかも上品な雰囲気、こんな美しい女性がこの世にいるんだなあと感激して、こっそり&うっとりと凝視していたんです。そうして10分くらいしたとき、その女性がぱっとこちらを振り返った。

すると、わたしが人間だと思っていたのは、なんと犬でした。

10分間も人間と犬の区別がついていなかった自分も変だけど、そんなことよりも、人間として認識したものが振り返ってみると犬の顔をしていたことが深い心の傷になってしまって、あれからもう5年も経つのに、毎日毎日その瞬間のことを思い出して苦しくなるんです。みなさん、喫茶店のソファに座るアフガンハウンドにはくれぐれも注意してください。

2020-07-04

わたしのヒーロー




週末なので、用事を片づけるため外出する。7月1日、コート・ダジュールはコロナに収束を祝う「テラス祭り」で、広場や道路でのリサイタルや、レストランやバーのテラス席を開け放ってのイベントがあった。これは近所にあったオブジェ。


ツールドフランスまであと55日の電光掲示板。


公園。大人も子供もみんな水着。


最近、寝る前に、西崎憲さん主宰編集の惑星と口笛ブックスから刊行された『コドモクロニクル』を読んでいる。夕べはPippo「わたしのヒーロー」を読んだ。Pippoさんが中学三年の頃のエピソードを綴ったエッセイだ。すこんと抜けた、とてもいいタイトル。

そんなある日の夕方、テレビで、裸の上半身に、ド派手な衣装と頭にはヘンテコなかぶりもの(赤い象のジョウロが付いていた記憶)ーークネクネした奇妙な動きをしている、途方もなく陽気な、一人のお兄さんを見かけた。
(中略)
カッコいい。死ぬほどカッコいいよ! 兄さん! 兄さん!

若かりし、ダンス振付師「ラッキィ池田」である。
一目惚れだった。

その日から、寝てもさめても、ラッキィ池田のことばかり考えるようになった。恋愛感情というよりも、圧倒的な存在感への畏敬と憧憬の念が強かったように思う。何物をもおそれず、「自分はこういう者なんです」と明るく振る舞う、その精神の強靭さに強く惹かれた。

わかる(感涙)。このエッセイ、シンプルに「自分の好きな人」を語る話に終わらず、ラストにミラクルが起こるところも胸熱だった。

2020-07-03

文字とはいかなるものか。



本の整理をしていたら、25年前の子ども用ドリルが出てきました。ぱらぱらと見返したら面白かったので紹介してみます。


『レターボックス。ライティング・ゲームブック』。全64ページ。これ、文字練習用のドリルなのですが、文字と単語だけでなく、タイポグラフィ、ピクトグラムなどいろんな角度から「文字とはなんなのか」を子どもたちに体験させるようになっています。


いろんな国のアルファベットを綴ってみよう。


いろんな国の荷物に貼られている「注意!」マークを見比べて想像してみよう。


カード、チケットなどの文字を観察し、自分でもつくってみよう。


ヒエログリフのアルファベット表を見ながら、文章を書いてみよう。


絵の下に隠れている文字を発見しよう(むずかしい!シャンポリオンの育成か?)


文字をつかって絵を描こう。


切り取った文字をつかって文章をつくろう。


糊とハサミとアイデアをつかって、文字&イラストのコラージュ・レターをつくってみよう。


オリジナル修了書もついていました。


こんな感じの64ページ。イラストはジョエル・ジョリヴェが描いています。彼女、いまではこんな作品をつくっていますが、元々は応用芸術学校のグラフィックデザイン科でタイポグラフィやレイアウトを学んでいたそうです。