2023-07-30

真夏の夜の月





風流を解する年ごろになると、最初は花や木にハマる。いままで普通に見ていた身近な植物が、なんだかすごく魅力的に感じられたり、庭に咲くものや店の鉢植えなどに、季節のうつろいを感じたりするようになるのだ。

花にハマったあとは、鳥のワールドに突入する。通勤中や散歩中に見かけるセキレイやハト、カササギといった身近な鳥にぐっときたり、ツバメが巣作りするの見てきゅんとしたり。そういうもんらしい。

鳥のつぎは風にダイブだ。風にも四季がある。春の東風、青葉を散らす青嵐。ジメジメとした梅雨のネンネンとした風、夏の南風、秋の野分、晩秋から初冬にかけての木枯らし、それにちょいとメロディアスな風とか、パン屋の匂いの風とか、いろんなムードを味わい分けるようになる。

そんで最後は月である。月は、寝たきりでも、窓越しにじっくり楽しむことができてよろしい。満ち欠けや、微妙な月の色の変化、それから模様なんかをしみじみとながめては、ああ、最高だ、なんて思うようになれば、十二分に仕上がっている。

花、鳥、風、月と移行するにつれて、有情とおさらばして、無情の世界に近づく。人は、時が深まるにつれて、非人間的なものへと愛情の対象を移していく。月は無情だ。そこにおいて風流はついに風狂と成る。

李白は月を見上げ、自分の影を誘い、月影己の三者で酒杯を交わした。それは自分の中の死と語り合うことでもあったろう。わたしには遠い世界。夜に自分の影を見ると、まだまだ不思議な感じがする。

2023-07-21

Nice Jazz Festival その2



20日の朝は原稿、昼は病院、夜はジャズ・フェスティバル。今夜のお目当てはハービー・ハンコック。

前日同様、夜8時すぎに会場に入り、Jalen NgondaとEzra Collectiveを聴く。で、夜11時、待ちに待った開演。感想をひとことで言えばアクション・サウンド・ペインティング。飛び散る音のしずくの、その減衰のさまがいちいち魅力的。テレンス・ブランチャードのトランペットも良かったけれど、面白かったのはジェームス・ジナスのベースソロ。ループ・ペダルで即興音を少しずつ重ね、ついには深遠なソロ・ジャムセッション(!)を織り上げ、まるで宇宙に漂うさまざまな星の運動を耳で聴いているみたいだった。終演後、ジェラート屋に寄ってレモンシャーベットを食べ、深夜1時半に帰宅。

2023-07-20

Nice Jazz Festival その1





原稿、海、原稿、海、をくりかえす日々。それでも13日の夜は革命記念日を祝う花火を見、19日はニース・ジャズ・フェスティバルに行った。トム・ジョーンズが来ると知って速攻でチケットを買っておいたのだ。余談だけど、と断るまでもなくこの日記は余談しかないのだが、わたしは行きたいライブがいくつもあった場合、出演者がより高齢の方に行くことにしている。トム・ジョーンズは83歳。逡巡の余地がない。


とはいえせっかくの機会なので、夜8時ごろには会場に入り、白ワインを飲みながらEmile Londonienとhyphen hyphenのライブも観る。そうこうしているうちに夜の11時。トム・ジョーンズの開演だ。私は愚かであった。年齢など関係ない。少しも衰えのない声量、ピッチ、そしてテクニック。古代ギリシアだったら確実に神話になる体力の持ち主だったのだこの人は。ヘラクレスってこんな感じの人だったんじゃないかしら…とさえ思った。


ヒット曲をつぎつぎ歌い(まったくジャズライブっぽくなかった)、アンコール4曲を含め、2時間歌いっぱなし。アンコールはチャック・ベリーまでやった。正しき祭りの姿である。深夜1時にライブが終わり、歩いて家に帰った。

2023-07-12

Richard Orlinskiの彫刻





12日の昼はLa Merendaでランチ。帰りは歩いて家まで戻った。


いつどこで誰がそれを決めたのか知らないんですけど、年初めから街のあちこちでリシャール・オルレンスキの作品を見るんです。ううん街だけじゃない、こないだ空港でも赤いワニを見たんだった。一体どういうことなんでしょう? 彫刻だけなら、ここは観光都市なので、「あ、今年はそういうコンセプトね」と思うだけなんですが、まず年始にモノプリが販売したガレット・デ・ロワの中にオルレンスキの人形が入ってたんです。その時点でもう「ん?」と不思議な感じがしたんですよ。なんかお洒落すぎやしないかって。それとほぼ同時に、ギャラリー・ラファイエットの最上階にオルレンスキの作品展示売り場が出現して、なんだろうこの推し推し感はと思った。でね、夏が始まったとたん街のあちこちに彫刻が設置されて、あ、行政までこの流れに乗っているのか、と。仕掛け人がいるのかなあ。彼のデザインしたウブロの時計(日本では「リチャード・オーリンスキー」と英語読み)はすごくイカしてますけど、東京五輪の悪夢のせいで、この種のことの背後が気になっちゃって。それにしても、これまでいろんな場所でさまざまな彫刻を見てきたけれど、台座に署名がこんな大きく記された作品を見たのは初めてかも。資本主義の香りがすごい。


ガレット・デ・ロワの中に入っていたオルレンスキの熊の人形。ときどき出して飾っています。

2023-07-06

現代俳句を舌で味わう




松本の「books 電線の鳥」と「めしつくるひと」の共同企画で開催された「現代俳句を舌で味わう 小津夜景『花と夜盗』に寄せて」は、不肖私の俳句を元にした創作料理を味わいながら、俳句を鑑賞するというユニークな会。無事終わりましたとのメールが電線の鳥店主の原山さんから届く。送られてきた当日のメニューを拝見したら、すごかった。俳句がこんな風になるなんて。イラストレーターの佐々木未来さんがスケッチしてくれた絵をじっと見て、食べた気分に浸る。


その壱 西葫芦の水無月雲海
ズッキーニを揚げ焼きにし、豆乳と卵白のソースを掛けたもの
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雪の澱(よど)ほどよく夢を見残して

その弐 実芭蕉の箱舟焼き
味噌などで味付けした魚介をバナナに詰め、豆腐と豆乳のソースで皮ごとホイル焼きしたもの
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副葬の品のひとつを月として

その参 若鶏の青唄残歌(せいしょうざんか)焼き
若鶏を自家製山椒醤油で焼き、青大豆のソースを添えたもの
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そして悲歌嫩き駒鳥(ロビン)のこゑにさへ

その四 白き指絡める水晶宮
素麺とところてんを絡め梅肉や柚子の皮を散らしたもの
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喉越しは水母を夢むシャンデリア

その伍 北海に眠りて能留英(ノルウェー)の赤い夢
干し鱈の代わりに身欠きニシンを使ったノルウェー料理バカラウ
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古代魚のふつくら炊けて花の宴

原山さん宅の庭のモヒートミントとレモンバーム入りウォーター
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逃げ去りし夜ほど匂ふ水はなく

コーヒー
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きぬぎぬのキリマンジャロの深さかな

2023-07-05

海辺の医療日誌





火曜は朝から病院。午後はカフェで原稿書き。17時に帰ってきてすぐ水着に着替え、今年はじめて海にもぐった。泳ぎに行くまでは準備がかったるくて気が重かったんだけど、行かなきゃ始まんないと腹をくくって、行った。そしたら、思い出しましたよ、泳ぐのって楽しいんだってことを。周囲にも昨日が初ビーチの人がちらほら。イッツ・タイム・トゥ・ヒット・ザ・シー!ファースト・ダイブ!とかなんとか話し声が聞こえる。30分ほど泳ぐと体が完全にほぐれて気分が良くなった。

実はついさいきんまで、今年は海で泳がないかも、などと思っていた。理由は判断力に自信がないから。去年の退院後、一度だけ体調が悪くなり、もともとふわふわしてる頭がさらにふわふわになって、いまもその状態から抜け出せていない。だから海なんて全然行ける気がしなくって。でも行ってみたら、むしろリハビリに良さそう。

今日の午前中は編集者とzoom。必要事項がさくさく決まる。午後は図書館に行きたかったけど、太陽の下に出るのが億劫で、家に居ようかしらと迷ってる。 

2023-07-04

グランド・ツアーのためのプチ・ツアー





月曜は朝からパリに出かけた。

1区のLe Café 52で昼食。メイン・ディッシュは3種類の中から選べたのだけれど、そのうちのひとつがヴィーガン対応のラーメン。いかにもパリって感じ。

昼下がり、ヴァンクリーフ&アーペルのエコールで開催中の新作展示会を訪れる。鑑賞後、別室に移り、今回のコレクションのテーマである「グランド・ツアー」について(ゲーテ『イタリア紀行』から始まる一般教養的内容)ならびにそれが芸術に与えた影響について(こちらは専門的内容)の講義を受ける。二人の講師がかわるがわる説明してくれた。面白かった。なのに目が開けてられないほど眠くなるのはいかがなものか。5分くらい目を閉じてしまった。

エコールを出た後は、コメディ・フランセーズの近くのカフェで時間つぶし。写真はそこで撮ったもの。オルリー空港でサラダを食べて夜10時に帰宅。小さな旅が終わった。

2023-07-02

再会の香り





中国人の友人夫婦が、ラベンダーの花束を手に、二人の子を連れて遊びに来た。

実に15年ぶりの再会。友人夫婦はモントリオールに移住し、国籍と安定した職業を得、大きな庭のある家を購入して、充実した日々を送っている。

しかし帰りぎわ、彼女と抱き合ったとき、お互いに涙が止まらなかった。

他人からどう見えようと、移民とは容易な生き方ではない。

人生が一度きりであること。今があることと引き換えに、失われてしまったものの大きさについて考えている。



2023-07-01

ボルドーのワイン祭り





ウィキによると、ボルドーの人口は24万人。で、そこになんと7万人もの大学生が生息している。なんて怖い町だろう。自分の性格からいって、そんな場所で学生生活を過ごしてしまったら、将来舌を噛んで死なねばならぬ恥ずかしい蛮勇をたくさんしでかすに違いない。と、そんなことはいい。ファッションの話をしよう。ニースよりも暑いのに、ボルドーではグランジスタイルのジーンズがトレンドらしく、みんな暑そうな格好だった。長袖を着ている人までいた。ニースでそんな格好をしていたら、目立ちまくって周りの注目を浴びちゃうこと間違いなしだ。


ガロンヌ川のほとりで行われたワイン祭りに、夜の9時に行ってみた。川に停泊している船を見ながら、ワインを飲んだ。もう夏だから日が長い。


飲んでるところ。川沿いに手づくりのカウンターが設営されていた。


会場で配られたお祭りのグッズ。イベントロゴの入ったワイングラス、そのグラス専用のショルダーバッグ、会場内の地図、そして試飲パス(プリペイドカード)。パスは22€もするけど、ワインを飲まないのであれば入場は無料。これ1枚で11種類のワインを飲むことができる。味については、まさしく一杯2€の味わい。前日にシャトーを見学したばかりだったから落差にびっくりしたけれど、そもそも祭りに味の観点をもちこむほうがおかしい。無粋である。大事なのは全体のパーティー感だ。そうなのだ。そういう意味では良い夜だった。