2023-06-23

旅をした、なにも知らずに。





ボルドー周辺の旅行は10日間にわたった。写真はサン=テミリオンに位置するシャトー・シャンピオンの葡萄畑。8代目となるご主人が家族経営を守り続けている。

葡萄畑と貯蔵室を案内してもらったあと、館内のダイニングルームでワインを飲む。3種類のワインが用意されていた。予約すれば食事も楽しむことができるそうだ。どのワインも折り目正しい風合いで、味が目に見えるようだった。

館内には独立系ワイン生産者の見本市のポスターが掲げられていたため、案内人に尋ねてみた。「このワインはカンヌの見本市でも買えますか?」案内人は申し訳なさそうに答えた。「いいえ、実は北フランスの見本市にしか参加していないんです」。独立系ワイン生産者の見本市については以前、須藤岳史さんとの共著『なしのたわむれ』の第3信で触れたことがあるので、もし興味があればぜひ読んでみていただけると嬉しいです。


サン=テミリオンの街も訪れた。


ものすごく古い。古かった。なにもかも。調べてみたら、ここは中世そのままの風情を持つ村として知られる世界遺産らしい。何も知らずにここまで来たからびっくりした。ヨーロッパ最大規模の地下教会も存在した。石灰岩を掘り進めてつくられた洞窟の中に、さまざまな用途の部屋が広がっていた。

2023-06-13

現代俳句を舌で味わう 「小津夜景 『花と夜盗』 に寄せて」の開催





めしつくるひと&books電線の鳥の共同企画で俳句と料理の会が開かれます。テーマは現代俳句を舌で味わう 「小津夜景 『花と夜盗』 に寄せて」です。料理を創作していただけるなんて素敵すぎやしませんか。ありがとうございます。どんな会になるのか楽しみです。

・日時: 2023年7月1日(土)
 18時開場、18時半開始 (21時頃終了予定)
・場所: books 電線の鳥(長野県松本市城東1-5-3)
・参加費: 3,000円(食事付)
・定員: 8名(予約制)

1 料理人「めしつくるひと」が、小津夜景の句から発想した料理を作ります。
2 料理を楽しみながら、1で選んだ句を鑑賞します。
3 句の発表
・参加者の方に句を詠んできて頂き発表・鑑賞します。
・兼題(予め句題を伝えておくやり方)とし、句題は受付後にお伝えします。

☆正式な句会と異なり、選句等は行わない予定です。
☆『花と夜盗』(はなとよとう)を会場にて販売します(イベント前でも当店にてご購入できます)。

2023-06-07

黙りの中に刻まれた世界





標識にニースと書いてありますが此処はル・アーヴルです。今朝の撮影。何もない、映画のような美しさ。

* * *

母の記憶によれば、わたしは一歳十か月ごろに、壁に貼られたひらがな表をじっと見つめて「き」や「いぬ」のような文字を読み始めたという。

書き言葉への反応が早かったのとは逆に話し言葉の発達は遅く、三歳に近づいても文を話さなかった。誰に話しかけるにも一語しか発しない。母に水をもらうのにさえ「おぶ」としか言わなかったため言葉の教室に連れて行かれた。

そのころから現在に至るまでわたしは一貫して無口である。喋る体力がないというのも大きいが、ほかにも理由がある。頭の中で、ひっきりなしに何かが刻まれている感触があり、それに邪魔されて喋ろうとしても口がうごかないのだ。刻まれているのは読めない走り書きみたいなもの。言葉が形作られる前の未踏のリフ。概念が固まる前のヴァイブレーション。酔った蜘蛛が織りつづける巣のような狂った構造物。言葉なき世界の痕跡がどのようなものなのか、目で見ることも、耳で聞くこともなしに、わたしはただ感じてきた。何十年も。頭の中を、走り書きに、しつこくまさぐられる感覚を。

タイムカプセルの村





海水浴の季節が迫り、青い空と海のエネルギーがふつふつと解き放たれようとしている。

週末ボーリュー=シュル=メールへ出かけた。所要時間10分、電車でたったの2駅先の村だけど、降りた途端、いま乗った電車はタイムカプセルだったのかと思うほど雰囲気がちがった。昔っぽいのどかさなの。切り立った崖に貼りつくようにオレンジ色の瓦屋根を乗せた家々が建ち、レモンなどの柑橘類、ブーゲンビリア、オリーブの木のあいだに埋もれた石壁は太陽に照らされて濡れた蜜のようだった。アマルフィ風の内装のレストランでパエリアを食べ、午後は膝まで海に入る。水温はたぶん22度くらい。

すばる7月号発売中です。今回は「抜け殻の堪えがたき甘さ」と題して時間と物象、そしてそれらの抜け殻について書きました。

2023-06-02

砂の上の風書庫





海といえば「ひとりあそび派」の中心地。でも夏だけは例外だ。もうすぐ観光客でごったがえして、こんな大きな絵は描けなくなるだろう。

砂の上に本を置く。ときどき風にあおられて頁がはためく。ぱら。ぱらぱら。ぱらぱらぱらぱら。なんだかくぐれそうな気がする。

やってみたら、くぐれた。

わたしは頁の向こう側へ遊びにいった。

そこには遠い昔に潮が大暴れしたとおぼしき、ところどころに穴のあいた小さな砂州が残っていた。本を読むのにちょうどよさそうだと思ったが、あちらに本を忘れてきたわたしは、ただ風に吹かれながら海鳴りを聞き、その奥からこみあげそうになる記憶を見るばかりだった。水平線にうごいているのは、大きな潮の帆を張り、白い航跡をひいてやって来る鯨の群れだ。みな二股の黒い尾を立て、海原いっぱいに絵を描いている。わたしは鯨の群れを追いかけた。追いかけるにつれ足はしだいに速くなっていく。速い、速い、鯨はもう目前にまでせまっている、わたしは大声で叫んだ「おかえり!」と。すると鯨たちは、長いひげをしごくようにうごかして歌を歌い、わたしに向かって大きく傾くと、黒い体躯をきらめかせながらゆっくりと旋回をはじめ、再び黒い尾を掲げながら沖へと遠ざかっていった。

2023-06-01

『いつかたこぶねになる日』電子書籍化のお知らせ





先日『漢詩の手帖 いつかたこぶねになる日』が4刷になったとお知らせしましたが、このたび電子書籍化もされました。もう販売中です。どんな感じかちょっと覗いてみたい気もしますが、自分の本を自分で買うなんて馬鹿げてるのでは…?と思いとどまっています。

素粒社の北野さんに「宣伝してくださいね」と言われたので、しっかり宣伝したいのですが、ええと、なにを書けばいいのかな、そうだ、この本って海のことがいっぱい書いてあるんですよ。だから海が好きな人にもおすすめできます。それから日本の漢詩人がたくさん登場します。とくに平安時代ですね、興味深いのは。とにかくみんなものすごく生き生きとした漢詩を書いてますので。あとは、この日記冒頭の書名のリンク先に【平井の本棚読書会】の動画がありまして、初めて漢詩を読む方を対象に漢詩の探し方、訳し方、面白さなどについて語っています。もちろん『いつかたこぶねになる日』制作秘話も。YouTubeの概要欄を開くと細かくチャプター分けしてありますので、確認したい点だけ視聴することが可能です。