2023-06-02

砂の上の風書庫





海といえば「ひとりあそび派」の中心地。でも夏だけは例外だ。もうすぐ観光客でごったがえして、こんな大きな絵は描けなくなるだろう。

砂の上に本を置く。ときどき風にあおられて頁がはためく。ぱら。ぱらぱら。ぱらぱらぱらぱら。なんだかくぐれそうな気がする。

やってみたら、くぐれた。

わたしは頁の向こう側へ遊びにいった。

そこには遠い昔に潮が大暴れしたとおぼしき、ところどころに穴のあいた小さな砂州が残っていた。本を読むのにちょうどよさそうだと思ったが、あちらに本を忘れてきたわたしは、ただ風に吹かれながら海鳴りを聞き、その奥からこみあげそうになる記憶を見るばかりだった。水平線にうごいているのは、大きな潮の帆を張り、白い航跡をひいてやって来る鯨の群れだ。みな二股の黒い尾を立て、海原いっぱいに絵を描いている。わたしは鯨の群れを追いかけた。追いかけるにつれ足はしだいに速くなっていく。速い、速い、鯨はもう目前にまでせまっている、わたしは大声で叫んだ「おかえり!」と。すると鯨たちは、長いひげをしごくようにうごかして歌を歌い、わたしに向かって大きく傾くと、黒い体躯をきらめかせながらゆっくりと旋回をはじめ、再び黒い尾を掲げながら沖へと遠ざかっていった。