2021-10-13

巻き上がる感覚とケーキ





友人がソン・ガンホにはまっているという。『パラサイト』しか観たことがないせいか、その発言にいまひとつピンとこなかったので、良い機会だと思い『タクシー運転手 約束は海を越えて』と『グエムル-漢江の怪物-』を立て続けに観た。うーん、なるほど、たしかにいい。

で、そのままの、いいなって気分でアパートの扉をあけると、仏壇の線香の香りが廊下に充満していた。一瞬夢を見ているのかと疑ったが現実のようだった。懐かしい匂い。いろんなフレグランスがあるけれど、わたしが本当に好きなのはまさにこの、線香の香りかもしれない。

堀田季何句集『星貌』『人類の午後』刊行記念の連句が巻きあがる。連句が巻き上がったときの感覚って、ケーキが焼きあがったときのそれに似ていると思う。わかってくれる人いるかしら。もしいたら、なぜ似ているのかその理由をわたしに言葉で解き明かしてほしい。

歌仙 大海の巻

◎初折表
大海は大河拒まず鳥渡る 季何
貌さまざまにゆきあひの空 冬泉
はからずも月の館の窓開いて 羊我堂
グラスに草の花を挿す人 無鹿
山なみは色なき風を宿すらむ 伯美
砂の香りを掬ふ左手 岳史
◎初折裏
サーカスが黄ばんだ奇書のあひだから 夜景
驚愕噴水とまりつぱなし 胃齋
悪戯が過ぎてコーラスふと乱れ 
くるほしいほど撫でつける髪  
竈よりノンバイナリの猫出でて 
なきとよみゆく夢の通ひ路 
長き夜にドゥルーズ=ガタリ捲りつつ 
桂男のうつくしきうそ 
星眼の構へをさらふ牛蒡引き 
弥勒めざめるまでの泥濘 
悠久の蜜の揺らぎを花は秘め 
かひやぐら抜け先師に出逢ふ 
◎名残表
あらましの記憶に染まぬしやぼん玉 
私のゐない多元宇宙(マルチバース)へ 
巣に還るシュヴィッタースの音響詩 
「男も首相になれる?」と聞かれ 
ひ(め)みこを待ちくたびれる風の谷 
白無垢を着て(ヴェスティ・ラ・ジュッバ)笑はれに出よ 
天狼にタンブレッロを打ち鳴らし 
言語未成の雪の原喚ぶ 
マスターの十八番の虚数割り 
はらり残盃落人の里 
うばたまの冥王代に月きたる 
もの思はざる葦に見せばや 
◎名残裏
あつさりと自我を脱ぎ捨てそよぐ秋 
これより先は金の尾を曳き 
霾天の黎(くろ)き鏡にうつほびと 
開帳されたダビングビデオ 
あとかたもなき戸に花のふりしきり 
楽園までの道忘れ雪 

起首2021年9月12日、満尾同年10月12日