2020-01-01

INFO


●新連載「LETTERS 古典と古楽をめぐる対話」開始。
●『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』はこちら
● 句集『フラワーズ・カンフー』はこちら
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2019-04-19

抽斗堂 no.23 道で拾った羽根





抽斗堂no.23は道で拾った羽根。オーガニック・シャンプーを溶かしたぬるま湯で洗って、ドライヤーで乾かしました。なんの鳥だろう。ウミツバメかな? 画像だと青がかっていますが、肉眼では灰から白へのグラデーションです。

ついでに書くと、いまこのブログの表紙にしているのはジュズカケバトの羽根。ベランダに落ちていました。鳩が好きな人というのは多いですけど、幸せな人生だなって思う。毎日遭遇率100パーセントだもん。

2019-04-18

春の夜のひとときは



蘇軾「春夜(はるのよる)」を訳してみる。

春宵一刻価千金
花有清香月有陰
歌管楼台声細細
鞦韆院落夜沈沈

春の夜のひとときは 千金にふさわしい
花はきよらかに香り 月はほんのりと翳る
高殿からほそぼそと 管弦の音が聞こえ
中庭ではしんしんと 鞦韆の夜が更ける

はるのよの ひとときは
かけがえの なきここち
きよらかに かおるはな
ほんのりと かげるつき
うたげなす たかどのの
ほそぼそと ねはとどき
なかにわの ぶらんこに
しんしんと よはふける

あまりにも有名な「春宵一刻価千金」。宵は夜と同じ。一刻はひととき。漏刻(水時計)の目盛りで言うと1刻=30分、48刻=1日です。現代人が一刻というと1秒きざみのような感覚に陥りますが、そういった極度に細分化された時間感覚は近代の産物なんでしょうね。

思えば昔の詩はたとえ「刹那」と書かれていても、三世の夢が収まるくらいのたっぷりしたヴォリューム感があります。またどれだけ豊かで肉付きの良い時間を内包しているかが、詩の大切な価値でもありました。おそらくは人の命が今よりずっと儚かったがために。

最後におまけ。「千金」に和して、貨幣にちなんだ句。

春や鳴る夜汽車シリングシリングと  夜景

2019-04-17

まばたきすることば



川柳スープレックスに「まばたきすることば──粒子と流体とのあわいで/杉倉葉氏ロング・インタビュー」が掲載されています。聞き手は小津です。こちら(→)からどうぞ。

この企画は当初、柳人との対談として頂いたんです。で、杉倉さんのことが頭に浮かび、私の一存でインタビューにさせてもらいました。ひさしぶりにバーセルミの名前を聞いて嬉しかった。まだ読まれているんだなあ。

あとですね、道を歩いていたら、蜂が熱心に仕事をしてましたよ。とてもよい香りの仕事場。

そんな日は昼寝を虹のやうにする  夜景

2019-04-16

うりふたつなもの




週刊俳句第625号に「深さの図学をめぐるスケッチ - 岡田一実『記憶における沼とその他の在処』を読む」を寄稿しています。枚数の少ない依頼だったので、句集の持ち味を一点にしぼって書きました。岡田さんって筆に雅があるから、ぱっと見は文学趣味っぽいんですけど、じっと見るとミニマリスティックな認識幾何学の追求がすごいです。


自分にとってうりふたつなもの(←枕草子風書き出し)。

(1)パトリック・モディアノと村上春樹。モディアノはアパートの前を巡回する図書館バスでふらっと借りて、どこの誰かも知らない状態で読んだんですが、呼吸や濃淡が村上春樹そっくりで衝撃を受けました。「納屋を焼く」から「トニー滝谷」あたりの音像です。はあっとため息が出るほど春樹の感じしかせず、実にするっと読了し、ああこれ完全に中毒性のアレだなあと思いつつ図書館バスが回ってくるたびに別の本を借りて。でも誰も指摘してないと思うし、私自身もわかってもらえない自覚アリ〼。いったい翻訳ではどんな文体が採用されているのでしょうか。

(2)ウラジミール・ジャンケレヴィッチと菊地成孔。ジャンケレヴィッチは高校生のとき『仕事と日々・夢想と夜々―哲学的対話』を読み、そのときは正直うーむと思った(笑いのない、雰囲気良さげなものが苦手)。でもこの新春、故あって原書の『音楽と筆舌に尽くせないもの』をめくってみたら、うそ、これまんま菊地成孔じゃん!とまさかの開眼。身体で尾を曳く音像がよく似ている。加えて論理に抗い、詩にも陥らず、知性それ自体のわがままな欲望に対し全くもって寛容で、ついぞ〈かたち〉になびかないところも。

2019-04-15

パングラムの午後





近所の教会。もうすぐ花粉の季節に入るオリーヴの木の下でつかのま休憩する。

とりなくこゑす ゆめさませ
みよあけわたる ひんがしを
そらいろはえて おきつへに
ほふねむれゐぬ もやのうち

鳥啼く声す  夢覚ませ
見よ明け渡る 東を
空色栄えて  沖つ辺に
帆船群れゐぬ 靄の中

元祖いろは歌はあまりに厭世的ということで、昔から様々な改作が試みられてきました。上の坂本百次郎作は春にぴったり。春眠と暁、鳥と夢、東、靄と明らかに季を意識していますよねこれ。下はより当季に合う竹本健治作。

路面落ちぬる 花さへも
寂寥を寄す 我が胸に
今聲絕えて 脅威見ゆ
空の星撞く ビリヤアド

ろめんおちぬる はなさへも
せきれうをよす わかむねに
いまこゑたえて けふゐみゆ
そらのほしつく ひりやあと

染屋と織屋の一本勝負



さいきん、染屋と織屋のベストマッチを発見しました。

 紺掻
春陽の日陰や藍の深緑
 織殿
夕立や織り込む箔の稲光

出典は「職人尽発句合」。声に出して読むと、両句の力量のバランスや情景のコントラストがすごくいい。形も阿吽の屏風ばりにキマっていますし、切れ字の位置も対位法っぽい。お次は私の編んだ組み歌。

 紺屋
紫の灰合ひがたき思ひをば染めてあやなく色に出にけり
「難波職人歌合」より
 織屋
はかなくも足動かして水鳥の模様織り出す浪の綾糸
「略画職人尽」より

うーんこれが対戦ならば織屋の勝ちでしょうか。紺屋の方は「合ひ=逢ひ」と「染め=初め」が掛詞です。「紫の灰合ひ」は、布を紫に染めるために灰を調合すること。なにゆえここにそんな言葉が出てくるのかというと、この歌が源氏物語の、

などてかくはひあひがたき紫をこころにふかく思ひそめけむ

の本歌取りだから。ついでに書くと、この「紫」は紫の上ではなく玉鬘です。彼女の衣の色を指しているらしいですよ。

2019-04-13

LETTERS 古典と古楽をめぐる対話





その1

今週の「土曜日の読書」は平野甲賀『もじを描く』から、ある夜の訪問者について書きました。平野甲賀って、わたしの中では安西水丸と同じくくりなんです。ぜんぜん違うのになんでだろ。からっとしてるところかな。うーん。

その2

かもめの本棚というサイトで新連載「LETTERS 古典と古楽をめぐる対話」が始まりました。内容は音楽家・須藤岳史さんとの往復書簡で、第1回()は小津の担当です。

毎月暮らしの風景に触れつつ、言葉・意味・音をめぐる旅をくりひろげる予定。更新は月2回で、各回は2日に分けての掲載となります。第2回(須藤さん担当)は4月22日と23日です。

今回、「上」の冒頭にかかげたのは町の全景写真。海と空がとても広いです。ニース天文台からスマートフォンで撮影しました。この天文台は建物部分がパリ・オペラ座をつくったシャルル・ガルニエ作で、ドーム部分がギュスターヴ・エッフェル作なので、建築マニアの方には観光する価値があるかもしれません。