2023-02-19

小川軽舟『無辺』がとてもいい。





小川軽舟『無辺』がとてもよかった。おすすめ。みんなに読んでほしい。とにかく大人の句集なの。言葉の選び方と運び方にゆとりがあって、普通のことを言うのにも爽やかな色気が香る。そして季語が絶妙。良い句がありすぎるので、適当に頁をひらいたところから引用します。

駅弁は窓に買ひたし山若葉

言ってることが正論。まじでそう。しかも季語「山若葉」の、駅弁を美味しくみせる演出力ときたらもう!

一階に載せて二階や氷水

住居(町家?)の様式をシンプルに描写。んでもって「氷水」で情緒の加味に成功。言葉選びへの無頓着をあくまで装うダンディズムに痺れる。

作り滝商談済みて縁談に

昭和の映画みたいなシチュエーションが逆にクール。にしても、ううむ、季語「作り滝」に仕組まれた劇化の巧みさが憎いわ。

単車駆る少女の恋や葉月潮

旧暦八月十五日の大潮を意味する季語「葉月潮」がキマってる!ってかこんなのぱっと思いつく?せつない想いがあふれそうだよ。自分で単車を運転してるのも熱い。ぬごごごご。

漂着のごと老人の日向ぼこ

長い話を縮めていえば、この世の生はかくのごとしよ。

見上げたる闇透明や冬銀河

空や海が透明なのは知ってたけれど、闇もまた透明だったとは。ユーレカ案件。

石鹸玉吹き従へて橋渡る

きれい。かわいい。そして音楽が聞こえる。真横から見ると完璧なコンポジション。切り絵にしたい。

旗立ててチキンライスの孤島に夏

遊び心たっぷりに料理されてしまった夏の孤島。

生者みな舌濡れてをり秋の風

そこはかとなくシチュアシオニストのような匂いもして、これはとても良い湿り気。血潮の鳴る風景。

音知らぬ宇宙空間年歩む

季語 「年歩む」が宇宙空間にぴったりすぎる。アトムの足音を創造した伝説の音響デザイナー大野松雄に「存在する音に僕は興味がない」との名言があるけれど、この句からは宇宙そのものの足音が聞こえます。

山羊の仔に巻貝の角風光る

世界よ。世界よ。きらきらしてる。すさまじく、神々しく。

古靴に慕ひ寄るなり蟾蜍

「古靴」と「蟾蜍」のとりあわせが引き出すヒストリーの豊かさが実に素晴らしい。「慕ひ寄るなり」のちょっと言い過ぎの感じもよくて、徒らな情味がユーモラス。

終りなく雪こみあげる夜空かな

この世界の真実に遭遇してしまった感覚。