2023-02-06

麻酔する夕方





季刊アンソロジストの連載「存在のためのふわふわした組曲」は小説のようなものを書きました。それから月刊すばるの連載「空耳放浪記」は百年前のパリジェンヌについて書きました。ひまでひまでしょうがない方もしいらっしゃいましたら、ちょいと読んでみていただけますと幸いです。


年末、知人が「さいきん仏像を買ったんだよ」と写真を見せてくれたのだが、先日また別の知人から「僕の部屋の仏像見てよ〜」と写真が送られてきた。みなさんどうしてそんなものを部屋に飾っているのでしょうか。さらに解せないのが、二人とも仏像の下にコースターを敷いていることである(つまり仏像はグラスほどの大きさってことだ)。巷でそういうインテリアのテレビドラマでもやっているのかしら。

夕方から歯医者へ。ここの医者は職場に子犬を連れてきている。まだ家で留守番できないくらい小さいからである。毎回会うのが楽しみなのよ、と知人に言うと「去年の夏に死んだうちの犬の生まれ変わりかも。先生によろしく言っておいてくれ」と頼まれ、それを先生に伝えたところ「だいじょうぶ、だいじょうぶ」とのことだった。帰路、電車の中から「だいじょうぶだそうです」と知人にメール。治療は麻酔が効きすぎて、まだ顔半分がいかれている。今ってほんのちょっと削るだけでも麻酔をするのね。