2023-03-02

未来の記憶を愛するレッスン





本棚に飾っていた『雨犬』A RAIN DOG を手にとって読む。版画は柳本史さん、文は外間隆史さん。

ヒトは記憶したい生きものだ。
犬だって同じである。

主人公は、道ばたに在る記憶を集めることを生きがいとしている15歳の老犬、名は雨犬だ。雨犬のパートナーであるペンキ職人はなかなか趣味の良い19歳の男の子。けれども「趣味の良い生活」などといったものでは覆い隠せない寂しさに、この物語はしんと包まれている。

記憶を集めるとは、世界への愛着だ。自分以外の命の痕跡に触れるという行為だ。記憶とは人間の感情や感性の産物であって、だからこそ美しく、また愛おしい。

犬は(そして人は)この世界を眺め、嗅ぎ、舐め、そのいくつかを記憶し、死んでゆく。でもそのとき胸の中にあるものが、自分自身の記憶だけだとしたら、あまりにもさみしすぎやしないか。かつてこの世界のあちこちに誰かがいて、思いを抱き、そして去っていったという痕跡に日々触れ、その、自分ではない誰かの記憶を胸に蓄えることで、犬は(そして人は)いつか自分が去りゆくだろう未来の日を想像し、記憶し、深く愛おしむことができるようになるのではないか。そんなことを考えながら読んだ。死について、こんなふうに考えてみたのは初めて。軽く、シンプルで、深い本だった。いまわたしは、この本に助けてもらった気さえしている。そのくらい、詩人が取り組むべき大切なことが書かれた本だった。

柳本さんの、憂いと郷愁あふれる画風がまた素敵だ。とりわけ好きだったのは、ペンキ職人に頭をなでられる雨犬の画。


それからコインランドリーの前に散っていた泰山木の花を寸借してうきうきと愉しむ雨犬。外間さんも、こんな感じの人だよねって思う。

  
【A RAIN DOG TOUR 2023】
未明編集室 『雨犬』刊行記念・柳本史版画展。1月の『ウレシカ』、2月の『COWBOOKS』でのミニ展を経て老犬が各地を巡るそうです。3月は徳島『櫻茶屋』、4月は大阪『blackbird books』、5月は盛岡『BOOKNERD』、6月は松本『本・中川』。詳細は画像参照。