2016-12-09

《まどろみ》と《めざめ》とのあいだに



先日「べけれ」の話を書く際、なにか適当な例歌があるかもと思い森岡貞香に当たってみた。あの紆曲に身をくねらせるような文体ならば、のどごしの悪そうな「べけれ」もぐいぐい呑み込んじゃうんでは?と期待したのだ。

で、結局ちょうどよい歌はなかったのだが、その代わりこんな歌に行き当たった。

椅子に居てまどろめるまを何も見ず覺めてののちに厨に出でぬ   森岡貞香

まどろみの間は何も見なかった、という表現が妙にシュール。さらに《醒めて後、出でぬる廚》が、本人の覚えていない夢の残存をいまだ引きずっている風で不気味。森岡は文体だけでなく時空の構成法も眩惑的だなあと感心する。一方これとよく似た歌に

椅子にゐてまどろみし後水差しに水あるごときよろこびに逢ふ   玉城徹

というのがある。《いまここ》に対面する人間は線条的時間を解さないから、《まどろみの世界》と《めざめの世界》にさしたる違いはない。ただ人間は《ループする現在》の眩しさに目をしばたいているに過ぎないのだ。

2016-12-08

浮遊感覚



カマルグ地方のつづき。

空ばかり撮る映画監督といえばアルベール・ラモリス。彼はヘリコプターからの転落でその48年の生涯を終えたほどの空好き。

『赤い風船』『素晴らしい風船旅行』『フィフィ大空をゆく』など、それぞれに異なる浮遊感覚を巧みに表現したラモリスですが、そんな彼に『白い馬』という作品があります。主人公は《白いたてがみ》と呼ばれる野生の白馬。ストーリーは「誰にも所有されない気高い《白いたてがみ》は、仲間の馬たちを率いて、自分達を乱獲しようとする人間に抵抗する生活を送っていました。そんなある日一人の少年と出会い、いつのまにか心通わせてゆくようになります。ところが…」うんぬん。で、この舞台となるのが南仏カマルグの湿地帯なんです。

カマルグはその特殊な動物相・植物相を保護するため、1927年に13,117ヘクタール分が国立自然保護地域に指定されているそう(wiki情報)。

雄大なスケールの湿地帯を白馬が駆けぬけるさまはとても印象的。そして、あ、やっぱり浮遊感覚の人、と思います。

2016-12-07

スーパーのお米



イタリア人やスペイン人がお米を食べるのは有名ですが、南フランスにも歴史は浅いもののカマルグという地名の一大稲作地帯があります。

わたしがふだん通っている食料品店では常時20〜30種類のお米が売られており、なかでも気に入っているのがフランス原産の黒米。手に取って眺めると、これでもかと品種改良されたあじけない米とは違い、色や形にいまだ素朴な風雅が残っていて、古代米ってこんなだったのかな、なんて空想したりも。

上の写真は近所の食料品店。下はカマルグでとれたお米。

2016-12-05

「べし」の技法(1)



もし今これを読んでいるのが俳人なら、このタイトルから正岡子規の〈鶏頭の十四五本もありぬべし〉をまずもって想像するのではないかと思う。だが本日の「べし」はそれではない。

虫の音や我ら遠方より来たる
月犬(白土三平『忍者武芸帖影丸伝』)
秋思に沈むケムンパスべし
なむ(赤塚不二夫『もーれつア太郎』)

ウラハイで見つけた五吟マンガ歌仙「虫の音の巻」から冒頭を引用。脇句「秋思に沈むケムンパスべし」の「べし」が素晴らしい。ふつう「べし」は活用語につくが、ここはケムンパスの体からいきなり「べし」が生えた方が愛らしいにきまっている。かくしてもはやこの「べし」は田島健一の「ぽ」と同じく切れ字の域に達してしまったわけだが、同じ作者に「べし」をふつうにキャラとして使用した句もあって、これも腹が立つくらいかわいい。

万緑やけむんぱすよりべしが好き  佐山哲郎

2016-12-04

連句と『オルガン』



最近、連句への興味が強くなりすぎて困っている。きっかけは『川柳時評』で小池正博さんが野間幸恵さんの〈琴線は鳥の部分を脱いでゆく〉という俳句の構造を、

琴線はわが故郷の寒椿
鳥の部品を包む冬麗
うすもののように記憶を脱いでゆく

と、連句風に再構成してみせていたこと。この三句の渡りを見て、ああどこかの隠れ家でこんな大人のエレガンスが営まれているのか、と恋するような気持ちになった。さらにはこちらの書誌一覧も読んでしまったために、これは下手に近づいたらやばいかも、俳句を書く時間がなくなっちゃう…と思いながらびくびく暮らしているのである。そんなところへ『オルガン』7号が届いた。開いてみると、なんと連句の特集だ。

もっとも、幸か不幸か、この号で巻かれていた「オン座六句」にはじぶん好みの快楽はなかった。こっちはぐっと背伸びして遊びたいが為の連句なので、過度の簡略化は残念以外のなにものでもない。さらにめくるめく旅の享楽にも浸りたいゆえ、場面展開はより鮮やかな方がいい。自由律の導入は斬新でとても惹かれるものの、気ままの愉悦をより深く味わうためにもそれ以外の連ではもっとマゾヒストでいたい。こんなことを書くとそれなりに連句に通じているみたいだが、実は2度ほど参加したことがあるだけで(そのひとつがこちら)ルールもよく知らない。だからこの所感は、今回巻かれた「オン座六句」の文字並びに恋できるかできないか、ええ、ただそれだけに拠っているのでした。

ところで今号の『オルガン』、俳人たちの作品の気分がすごく似ている。ふつう「似ている」というと資質・方法・趣味他なんらかの要素がカブっていることを指すのだろうが、彼らの場合はそういうのではない。まるで大きな模造紙を床に敷きつめて、みんなで愉しく絵を描いて遊んでいるうちにお互いの線がまざってしまっていた、という似方である。それぞれの確固たる流儀で書かれた絵の中に、しかし他人のうっかりつけた手形がそのままになっている、というか。あまりに仲が良さそうで、ちょっとびびる。

2016-12-03

「なう」の歌と「いろは」歌



このタイトルだと越智友亮の〈焼そばのソースが濃くて花火なう〉を思い出す人もいるかもしれないが、本日の「なう」はそっちでなく古典の方。『閑吟集』に

後影(うしろかげ)を見んとすれば 霧がなう 朝霧が

という歌謡がある。つねづねこの「なう」が良いなあと思っていたのだが、あるとき小池純代の

うつくしう 
噓をつくなう 
唄うなう 
うい奴ぢや さう
裏梅のやう

という「なう」を知った。さらに眺めると各句の頭韻と脚韻が「う」で揃っている。こういった書き方もあるのかと思い、さっそく「いろはうた・いろはうた」の沓冠折句(くつかぶりおりく)を閑吟集風にこしらえてみた(なう、の意味が変わってしまったが)。

言ひかけた論より、見なう、花々は虚(うろ)よいざうろたへな残命  小津夜景

二回目の「いろはうた」は結句側から倒立で仕込んである。どうして「いろはうた」という言葉を選んだのかというと、これを書いたとき小池純代の「いろは歌」が念頭にあったから。

あけのちきりに   明けの契りに
すむこゑも     澄む聲も
いさやおほえぬ   いさや覺えぬ
まとろみへ     微睡へ

よせゐるふねは   寄せゐる舟は
そらゆめを     空夢を
うたひつくして   唄ひつくして
わかれなん     分れなん

うたかたを寄せ集めたような美しい歌。だが言葉はいつもこうあってくれるわけでなく、ときにこの世界をはっきりと名指す。無論その、はっきり、とてもうたかたなのだけれど。

2016-12-02

旅立ちの音



高校生の頃、北海道の実家に帰るための飛行機のチケットがとれず(ちょうど冬の観光シーズンだった)いちどだけ上野発札幌行の寝台特急「北斗星」に乗ったことがある。

当時の「北斗星」は上野駅を発つとき、プラットフォームにいる駅員が大太鼓を連打して乗客を見送ってくれた。ゆっくりと力強く、なんども、乗客の耳に聞こえなくなるまで。大太鼓は、ここから始まる16時間の旅のはなむけだ。

わたしの人生で大太鼓鳴らすひとよ何故いま連打するのだろうか  柳谷あゆみ

わたしがこの歌から最初に想起したのは、

遠い太鼓に誘われて
私は長い旅に出た
古い外套に身を包み
すべてを後に残して

という村上春樹『遠い太鼓』の巻頭に掲げられているトルコの古い唄。掲歌が『ダマスカスへ行く 前・後・途中』という歌集に入っていることを知るやいなやますますこの想起は強められ、ああそうだ、船の出港のとき銅鑼が鳴らされるように、砂の海においても旅のいざないは《鳴りもの》という形で幻影化されるのがもっともふさわしい、と思った。

2016-12-01

坂本直行のスケッチブック



ここ2日ばかりの記事が伴侶(京都人)に評判が悪い。困ったものである。あまりに評判が悪いので、わざともう一回、六花亭の話を書くことにした。

わたしの育った家では六花亭の包装紙を描いている山岳画家・坂本直行の絵が飾られていた。わたしもいつか機会があれば飾ろうと思い、とりあえず何冊か絵葉書のセットを手元に保管している。こういった思いつきも、関西でつんだナショナリスト修行のたまものである。

坂本直行は龍馬を輩出した土佐坂本家の八代目当主。龍馬から見ると甥の孫にあたる。北大で農業を学び、東京で温室園芸に携わり、六花亭の包装紙を描いているという経歴のせいで、地元北海道でも植物画家のように思われている直行だが、中札内にある彼の記念館や札幌にある松山額縁店のサイトで、山のスケッチブックを眺めることができる(画像はすべて松山額縁店のサイトから借用)。


また数百冊あった直行のスケッチブックの内136冊は北大山岳部に寄贈されており、2534点の絵がこちらでアーカイヴ化されている。


スケッチブックは大部分が着色され、知的な線と明快な色が特徴。日記風に文字が入っているのも多く、どれだけ描いても描き飽きないほど山が好きなのがわかる。折よく北海道大学総合博物館では2016年11月4から2017年1月9日の間、坂本直行生誕110年記念企画として「直行さんのスケッチブック」展を行っているようだ。