2024-02-24

カルナヴァルの広場を抜けて





ル・アーヴルの知り合いが「ぼくの通ってた高校、サルトルが教えてたんだよ」と言うので興味をそそられ、Lycée François 1erの位置を調べたら、なんと街のど真ん中にあるショッピングモールの隣だった。こんな現実感(?)のある場所だったのか。ル・アーヴルに住んでいた頃は「いま『嘔吐』を読み返したらとんでもなく面白いんじゃないか?」としょっちゅう想像したものだけれど、知り合いの言葉が契機となって本日とうとう本屋さんで『嘔吐』を購入するに至った次第。ついでにカミュも買い直した。きれいな本で読みたくて。

わたしはカミュの文体が好きだ。何度読み返しても、まるで初めて出会ったかのような瑞々しい衝撃を受ける。心臓を鷲づかみにされる。読んでいる間中ずっと胸の痛みが止まない、そういう類の感動だ。

2024-02-18

つられて走る





日本経済新聞の17日付朝刊「交遊抄」に寄稿しました。ウェブ版はこちら。文中で触れた入交佐妃さんによる写真はこれのこと。神保町の珈琲店「さぼうる」でお茶していたとき、パシャっと一発で撮ってくれました。

高橋睦郎さんの新刊『花や鳥』の栞を書きました。栞の一般的位置付けというのが定かではないまま普通の感想を書いてしまったのですが、いまふと「あ。栞って出版おめでとうの挨拶なのかも」と思い至りました。たぶんこれ合ってますよね。

今日は朝8時半から海辺を散歩。空気が最高だった。たくさんの人がジョギングしてて、ほんと大勢走ってて、まるでジョギング星人たちが住む異星に迷い込んだ感じ。ぶらぶらしているうちになんだか郷に従った方がいいような気分になってきて、あたしも20分くらい走ってしまった。

2024-02-12

海辺の思考





きっとうろうろしてるにちがいないと。うろうろしながら書いているのでしょうと。わたしの文章には、そんなうろうろした印象があるらしい。
「うろうろしてますね」
と言われた。きのうも。
「うろうろしてますか?」
ときかれても、うまくこたえられない。
「うろうろってなんだろう……」
そうおもいながら、いま、海をみている。

2024-02-06

掲載のお知らせ、最近の展覧会など





●『群像』3月号に全速力の文「師走ギリシア紀行」を寄稿しています。●『すばる』3月号の空耳放浪記は「パスタパスタで暮れる年」。大晦日の詩歌を紹介しました。●『Precious』3月号巻頭に「俳人・小津夜景さんの句と軽やかに煌めくファッションで綴る早春賦/光る風に衣ゆらめき。春を着る、春を舞う」が掲載されています。全8頁。モデルは大政絢さん、撮影は藤森星児さんです。編集部から届いた写真から早春の香りがあふれていたので、かぶりすぎないよう季節感は控えめに、かつ大政絢さんの謎めく雰囲気が引き立つよう黒子に徹しました。

潮の香を残し燕は塔に消ゆ  夜景

●今日はゲラを3つ読んだ。ひとつは自分の。あとふたつは人様の本。●ニースのアジア美術館は無料なのに面白い企画展が多い。先週は「タンタン・エルジェ&チャン展」をやっていた。チャンというのはエルジェの出世作にして最高傑作『青い蓮』を描くのに協力した彼の親友で彫刻家の張充仁のこと。カラー版絵本の元となった新聞Le Petit Vingtièmeもずらりと揃って圧巻だった。下の写真はチャンに関するヴィデオ。上はLe Petit Vingtième掲載時の誌面と、チャンとエルジェの私物。

2024-02-01

正岡豊『白い箱』のひっぱりとひねり





32年ぶりの正岡豊の新作『白い箱』は正岡さんらしい歌集でした。しかしながらその「正岡さんらしさ」とは一体なんなのか。前衛短歌由来のリズムや新古今集っぽい遊戯性といった特徴はある種の潮流に共通する傾向であって正岡さんに固有とはいえない。私が『白い箱』を読みながら、ぱっとひとつ思いついたのは「結論をひっぱる」と「落句をひねる」の合体芸です。なかでも真骨頂といえるのが、

アマポーラ そらいろをしたくちびるがそこで戦う岩館真理子

こうしたひっぱり&ひねり方。このとき落句があまりにも奇抜だと意味が迷子になるわけですが、一般名詞ではなく固有名詞をあしらうことで現実世界の輪郭線をかろうじて維持する、この技がまた正岡さんならでは。固有名詞の重みで、意味のわからなさを凌駕していく作戦ですね。

だってそれでも人は死ぬから、それはそう、それはそうだがジャック・ラカンよ

小林一茶の「露の世は露の世ながらさりながら」を本歌取りしつつ、結論をひっぱり、落句をひねる。この下の句には大田南畝の「それにつけても金の欲しさよ」と同種の感触があり、付合にしても面白そうです。「ジャック・ラカン」もまるで時間ぎりぎりで決めた大外刈のようで実に見事な取り合わせ。モダンな狂歌の粋を感じさせます。

わたしはたしかにそこにはたどりつけないがかき氷に載せてるさくらんぼ

サウンドがサクサクしてて、まるでかき氷をかき混ぜるような感触をリスナーに味わわせているみたい。音が桜の花びらのように舞って、舞い散って、そして最後にひとつぶ、さくらんぼが残る。そのさくらんぼの、ちょっと間抜けな感じ。そこにひねりが隠されていそうです。

こわれないでもたもてないたましいの人体はいま光のホテル

壊れないでも保てない魂をかろうじて支える宿木、それは人体。押しとどめようもなく流れ去る月日を過客するエターナルなソウルの旅はけれども終わらない。個人的には震える魂からクォークのダンスを連想したり、そのクォークたちが踊ることで肉体の光り輝くエネルギーが生まれているのかもと想像したり。あと「たましいの」を枕詞のように使っているところが上手い。いや、よく見たら「こわれないでもたもてない」も「たましい」の序詞になっていますねこれ。なんという美しいひっぱり芸。素敵だなあ。その他、気ままに三首引用します。

みたこともないのにぼくの心臓のいろのゆうべの天の橋立
オリンパス・ペンを肩がけしてるのが父さん私の妻なのですよ
あしたあなたのまっしろな小骨になって越えたい木津川や宇治川を

2024-01-27

「物語」の根っこは「語」である





朝、海を眺めながらデイヴィッド・G・ラヌー『ハイク・ガイ』を読む。とてもキュートな小説。湊圭史さんの翻訳が素晴らしい。

妹いづこバーボン通りのストリッパ
somebody's little sister / Bourbon Street / stripper

きよしこの夜丑みつの酒場かな
silent night, holy night / three / at the bar

みな見たり成したり今や忘るるのみ
seen it all, done it all / and now / forgetting

いざさらば雪へ尿にて残す文
farewell! farewell! / pissed / in a bank of snow

つめたき世のおもてを掻きて鼠かな
scratching the snowy / surface of thing / mouse

話は変わって前回の日記について。須藤岳史さんがこんなことを書いてくれたのですが、うーんたしかに。というのは私、今回書きながらつくづく「物語って最強だなあ」と思ったんですよ。人間には生死を問わず尊厳があるでしょう? それを尊重するとなると物語以外の手段でアプローチするのは難しい。で、物語は真実を伝えるために生き残ってきた形式だなとあらためて認識しました。

物語の要諦は「本当か嘘か」ではなく「その文章がどんなノリで喋っているか」にあります。「物」と「語」では「語」の方が根っこで、要するにそれは話術、語りの技芸だということ。大きく、小さく、深く、浅く、切り込んで、よそ見して――どの語り方もそのつど真実を背負っているわけです。

2024-01-16

「読む」こととの距離感 『ロゴスと巻貝』著者インタビュー





「本チャンネル」はブック・コーディネーターの内沼晋太郎さんをメインホストに、本にまつわるあらゆることを扱うYouTube番組。その看板コンテンツ「今日発売の気になる新刊」に出演しました。

YouTubeはこちら。以下のX(旧ツイッター)でも公開されています。


自分のことを書くのって難しい。今回の本でもそれをひしひしと感じました。なかでも「人は一人で生きているわけじゃないから、自分のことを書こうとすると周囲にいる人たちの人生を大なり小なり暴露することになってしまう」というジレンマ。これがますます浮き彫りになり、いったいどう向き合えばいいのか考え込むことが多々ありました。

『ロゴスと巻貝』にはいろんな人が登場しますが、個人のプライバシーを尊重して、アスタルテ書房のササキさん以外は仮名を採用しています。もう二度と交わることのない人たちも少なくないけれど、でも、たとえそうであっても、彼らが語ったことを都合よく利用することは許されないと思い、慎重に、控えめに、本当に控えめに書きました。あと家族を出すというのも一筋縄ではいかない難問なんですよね。どんな家庭、どんな一族にも平坦ではない歴史があり、ペンを持つ者がそこに独断で踏み込むことの是非はいつだって悩ましいところです。

「人には尊厳がある」というのは、わたしがエッセイを書きながらつねに思い起こすことです。他者の人生は決してエッセイの具ではありません。書くという行為によって他者の実存を実は盗んでいるんじゃないかと自問したり、自分の言葉と他者の言葉との境界線をきちんと見極めているか気にかけたり、またあるいはごくシンプルに、彼らがこのエッセイを読んで「そういう意味で言ったんじゃない」と驚かないか想像したり。そんなことを忘れないようにしながら綴ったこのエッセイ集、ちょっと読んでみようかな、と思っていただけると嬉しいです。

2024-01-09

スタンプ記念日





俳句結社誌『鷹』1月号に巻頭エッセイを寄稿しています。そして『ロゴスと巻貝』が本日発売になりました。デザインは脇田あすかさん、イラストは杉本さなえさん、帯は山本貴光さん。全部で40篇のエッセイが収録されていて、AmazonのKindle版で巻頭詩、目次、最初の一篇が試し読みできます。

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気管支炎はすっかり良くなった。一昨日は句集の栞と「すばる」の連載を書き上げ、夜は旧市街のBocca Nissaで知人と食事をする。料理はスパイシーな挽肉を添えたフムス、胡桃とカマンベールのロースト、バルバジュアン、トリュフのフェットチーネ、焼きかぼちゃのストラッチャテッラ添え、レモンタルトとヴェルヴェーヌのお茶。バルバジュアンはカステラール村の郷土料理で、玉葱、菠薐草、リコッタチーズなどを生地で挟んで揚げたラヴィオリのこと。カステラールの住民がモナコでそれを販売していたことで有名になり、今ではモナコの伝統料理になっている。ワインはFamille PerrinのCôtes-du-Rhône。白でなく赤にした。

昨日は別の雑誌のエッセイを書き、今日は『ロゴスと巻貝』の刊行日ということで著者インタビューの取材を受けた。どんなふうにできあがるのだろう。不安しかない。昼間、掃除をしながら俳人のRSさんとLINE。生まれて初めてLINEスタンプを投下。スタンプ記念日である。