2018-08-20

大垣の女性漢詩人たち 2





大垣の記念館にはとうぜん江馬家にまつわるのものが多い。江馬細香が5歳のときに描いた竹と雀(かわいい)もちょうど見られた。なかでも気に入ったのが、頼山陽が細香に送った下の書簡。


この書簡は、長崎の出島を訪れていた清の文人・江芸閣に細香が出す手紙の書式を、山陽がヴィジュアル的に示してあげたもの。まず冒頭を竹石図で飾り、続く - - - - - に漢詩を置く。そのあと「江芸閣先生に詩を贈ります」うんぬんと書いて、署名の横には2つの落款印、と大変こまやかに図解されている。後半には「画は繊筆、書も細字、書簡の幅は一尺ちょっとの小巻にすること。あなたの名(裊)と字(緑玉)は竹にちなむものばかりで面白みに欠けるので、名を嬝々とし、また号の細香を字としても使用すること」などの助言が記されている。

それにしても山陽の筆跡。色気があって、悪くない。

かつてわたしは、山陽が〈女性らしい〉詩を書くよう細香を指導していたことが無念で、彼に対してステレオタイプな不満を抱いたりもしたのだけれど、こうやって書簡の実物をあれこれ目にすると、おのれの気質を曲げてでもこの人に指導されたかった細香の気持ちがわかるし、またこの〈相手に降伏する心の動き〉に恋愛の妙味があるのも疑いようのないところ。専門家の語るのとは別の意味で、細香にとっての詩作は画作とまるきり異なり、きわめてプライベートな営みだったのだろう。