2019-06-29

私は、もはや透明な波でしかなかつた。




土曜日の読書「日々の泡」更新。引用は坂口安吾「ふるさとに寄する讃歌 夢の総量は空気であつた」より。安吾2作目の小説ですが、これを読むと人間というものがいかに成長しないかがわかって怖いです。このあとさまざまな体験をし、また作家としての技量も上がったのに、年をとってもみごとに同じことを書いているというね。自分を省みてしまい眩暈がします。三つ子の魂って……

ともあれ「夢の総量は空気であつた」は個性的なタイトル。この小説は冒頭も良くて、

私は蒼空を見た。蒼空は私に泌みた。私は瑠璃色の波に噎せぶ。私は蒼空の中を泳いだ。そして私は、もはや透明な波でしかなかつた。私は磯の音を私の脊髄にきいた。単調なリズムは、其処から、鈍い蠕動を空へ撒いた。

うーん。また3作目「風博士」も、とっても安吾。

諸君、偉大なる博士は風となったのである。果して風となったか? 然り、風となったのである。何となればその姿が消え失せたではないか。姿見えざるは之即ち風である乎? 然り、之即ち風である。何となれば姿が見えないではない乎。これ風以外の何物でもあり得ない。風である。然り風である風である風である。