2018-06-13

大人のままごと。





喜怒哀楽書房のPR誌にエッセイ「南の島に憧れて」を寄稿しています。ダウンロードはこちらから。今回は読者プレゼント付きです。

新刊『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』の見本刷りが関係者に届いているもよう。今朝、装画&装幀を担当してくださったほりはたまおさんのツイートで、完成品を初めて目にしました(写真はすべてほりはたさんの撮影です)。


ほりはたさんはとても素敵な文字を書く方で、今回の装幀を依頼した理由のひとつが「彼女の手書きの文字をカバーに入れたい」ということでした。青い鳥の中の文字、空にさざなみが生まれたようで気に入っています。

あと(いつもながら)ままごと気分が嵩じて、boggerで宣伝サイトもつくりました。そちらは近日中に公開予定です。

2018-06-11

鳥の図鑑





道を歩いていて、蔓のうねりに目を奪われる。近づいてしばらく眺めていたら、ふとカール・ブロスフェルト『芸術の原型』が思い出され、それから内田清之助へと連想は及んだ。

あのひとのブックデザインは、なぜあんなに綺麗なのだろう。あの時代の図鑑の中で、どれもひとつ頭が抜けている。

もっとも内田清之助は一冊も手元にない。図書館で『画と鳥』『鳥學講話』などを眺めたことがあるだけ。『日本の鳥』も鳥の姿と彩色とが味わい深いのだけれど、今日はじめて箱入を見てしまった。もう溜め息しか出ない。こんなかわいい図鑑ってありなのかしら。

2018-06-08

第一句集の時期はいつが良いか?





涼しい朝。昼間は23度くらいで安定しており、過ごしやすい毎日。

先日、タイトルにあるとおりの話を人に振られました。この回答は第一句集の数と同じだけ存在するでしょうが、わたしはこんな風に思います。

句集を編む作業は楽しい上に勉強にもなるので、誰でも、いつでも、他人に遠慮せずやってみたらいい。

コツはゆっくり楽しむことと、自作の9割を捨てるつもりで編むこと。

9割となると佳句も手放すことになりますが、そのかわり「ここは動かない」といったその人の色が見えてくる。あとはその色が互いに反応してひとつの総体的な「作品」を描きだすように意識しつつ、捨てた句の中からふさわしいものを、もういちど拾い直せばいい。

これは庭作りにおいて、はじめに大きな木を選び、ついで残りの部分を考えてゆくのに似ているかもしれません。句の色がさまざまなときは、柵で庭を仕切る(部立てにする)にするのも一考。

句集を編むのはいつでもいい一方、刊行については思案のしどころ。処女句集を出せるのは生涯に一度だけ。うんと踏み込むか、さらりと通過するか。ずっと出さないという選択もクール。

わたしの場合は(田中裕明賞受賞の言葉として以前にも書いたことがあるのですが)、数少ない知人である西原天気さんに「句歴がほとんどない人(わたしのこと)が句集を出してもいいと思いますか?」とメールで質問しました。すると「まじめに答えたいので、長考に入ります」との返事を頂いたのですけれど、この時点で、次のメールが100%の肯定でなければ出版しないつもりでした。

で、西原さんから「出したらいいと思います」と再度メールがあり、そこから句の整理を始め、あとがきを書くまでに、ちょうど丸一年かかりました。

これはわたしには絶対に必要な長さだったと思います。具体的には、お気に入りの句や人に褒められた句を「この句集には要らない」とあっさり手放す気持ちになるのに、それだけの時間が必要だったということです。

句集というのは我執の塔ではあり得ず、あくまで生きた句群、胎動する言葉の寄せ植えなので、人間のわがままで彼らの嫌がることをすると、たちまちオーラが失われてしまいます。種を蒔き、育てたのが自分でも、その植物の命まで自分のものではないのと同様に、俳句や句集もまた自分の所有物であるようでいて、これっぽっちもそんなことはないのでした。

そんなわけで、句集刊行の時期については「お気に入りの句を捨てられるようになったころ」というのが個人的な回答です。

2018-06-07

拾った紙ヒコーキ





今日、ポストをのぞいたらこんな本が。《Paper Airplanes : The Collections of Harry Smith》。突然の贈りものです。




アメリカ人が、こんなにも素敵な紙ヒコーキを飛ばすということに感動。

ハリー・スミスはアーティストであり、また文化人類学者(youtubeに彼の編纂した《Anthology of American Folk Music》がありました)でもある人。この紙ヒコーキは街中に落ちているのを拾い集めたコレクションで、巻末にはどこで手に入れたのか一機ずつ住所が記されていました。

ちなみにこのシリーズ、実はもう一冊あって、そちらはなんとあやとりの本なんですよ。紙ヒコーキとあやとり。きっと風が好きなんですね。

2018-06-05

ジャック・ルーボー『誘拐されたオルタンス』





ジャック・ルーボーの詩は時に奥ゆかしく、また時に愛くるしい。『誘拐されたオルタンス』に登場する詩は素っ頓狂な可愛さ。日本語版では高橋啓氏が原詩を添えて訳しているので、余計におもしろかった。

La Linzer Torte
Dans la Mer Morte
Prend uneu teinteu caramelle
Mais en Alsace
C'set la potasse
Qui lui donne la couleur miel

リンツのケーキ(リンツァー・トルテ)
死海では
キャラメルっぽく染まるけど
アルザスではカリ鉱石のせいで
蜂蜜色になるんだよ
(曲:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト、K331、第一楽章。歌詞:著者)

こんな調子でどんどん続く(以下、翻訳部分のみ)。

プラムのタルトは
パンプローナでは
雌猫しょんべんに染まるけど
マインツでは
陶器のせいで
くすんだ色になるんだよ

ミルフイユは
アルジャントゥイユの近くでは
なんともいえない具合に染まるけど
モンソー=レ=ミーヌでは
小麦粉のせいで
砂色になるんだよ

シュークリームは
モラヴィア・ボヘミア地方では
社会主義に染まるけど
ウクライナでは
磁器のせいで
頁岩(けつがん)色になるんだよ

梨のタルトは
遊牧民のテント村では
ヤギの糞に染まるけど
ブリスベンでは
プロパンのせいで
レンガ色になるんだよ

サツマイモのタルト
カルパティア山脈では
血みどろに染まるけど
カブルグでは
恋のせいで
卵白色になるんだよ

とても豊かで、しかもすっきり。おまけに言葉がときめいている。翻訳もすごくいい。

とても豊かでしかもすっきりといえば、ルーボーによる詩節・連の分類ページもそんな感じ。ちゃんと読めもしない設計図を、にもかかわらずじっと眺めてしまう時みたいにわくわくする。

2018-06-04

連句興行とプチ・ニコラ



「オルガン」13号の連句興行、脇から表四句までの流れが素晴らしい。特に脇句と第三句。

紅梅はいま青鮫の兜太征く   石寒太
岬に列しおくる春風   浅沼璞
てのひらを並べてふたつ地がひらき   鴇田智哉
飛行船から振り子時計の   宮﨑莉々香


* * *




そういえば、このあいだ足を運んだ本祭りは『プチ・ニコラ』もたくさんありました。『プチ・ニコラ』はサンペの描く子どもが最高、内容も独創的、どれも古本で手に入る、ということで割ともっています。


対象年齢は5歳くらいから。フランス語も『星の王子さま』みたいに難しくないので、辞書なしでだいたいわかります。愛し抜く以外に向き合う方法を思いつかないくらい、手ばなしでキュートな本です。

2018-06-03

ACIER, revue d'architecture





《ACIER, revue d'architecture》は鉄をつかった建築の動向を追った雑誌。たまたま人からもらったので読んでみました。


昨年オープンしたルーヴル・アブダビの記事。ジャン・ヌーヴェルのデザインした最新型のシルバードームだそうです。この美術館、ネットで見ると夢のような空間ですけれど、この雑誌はそういう写真はなくて、建設の技術的なことが話題になっていました。



日本の建築雑誌と比べて、建設過程を解き明かす写真が多いような気がします。

建設過程といえば昔、同居人がデンバーに行ったとき、デンバー美術館の建設中の様子をポストカードにしたものをおみやげに買ってきてくれたのですが、その美術館の設計者がダニエル・リベスキンドだったせいで、未完成建築のポストカードだとは気づかなかったことが(だって彼の建物って、どれも作りかけみたいなんだもん)。

2018-06-02

ニースの本祭り





きのうからニースの本祭りなので、朝から公園に行きました。


お祭りの内容は、ニース近郊の書店と出版社とが集まって3日間テントを出し、作家たちを招いてサイン会とトークイベントを行うといったもの。サイン会をする作家は229人。トークイベントは60本。きのうはル・クレジオの講演会とサイン会がありました。上の写真は討論会場です。


作家たちが自著の前に座っていて、本を買うとサインしてくれます。


漫画家のテントも。子供たちが真剣に注文をつけていました。テーブルの端にあるのは子供たちにあげる缶バッジ。


地元ラジオ局も公開放送中。


トークショー会場。奧左手のイーゼルに作家の写真、右手のテーブルに講演が終わったあと手渡すための花束がありました。古書店も数件だけ参加していて、主に美術系の本を売っていました。