2019-07-11
2019-07-10
喫茶江戸川柳 其ノ伍
川柳スープレックスの「喫茶江戸川柳 其ノ伍」更新。今回のテーマは化粧です。どれもマスターがいなかったら味わえないような濃さでした。それよりマスターの大学時代のサークル名、ほんとなのかしら(わたしは本気で信じてしまってます)。
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前回の補足。長嘯子は芭蕉が大好きだった歌人で、彼の書き物にしばしば名前が出てきます。
すべて人をいかなる時にしのばざらんあはれ日又日あはれ夜また夜
長嘯子
こんな歌があるらしい。77の立体性がおもしろい。せっかくなので蛍の歌も。
あはれにもうち光りゆく蛍かな雨のなごりのしづかなる夜に
長嘯子
2019-07-07
遠くの海を眺めながら
まさか週刊俳句で小池純代さんの都々逸連載が読める日がくるとは。
なかぬ蛍と決めつけられて
人に聞こえぬ声で泣く
小池純代
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紀野恵と小池純代はどちらも好きという人が多いけれど、これはとても不思議なこと。だって全然似ていないから。
私の中の紀野は藤原定家の末裔で「句切れ、語句の倒置・圧縮・飛躍、体言句の羅列」といった達磨歌的ダイナミズムが魅力。一方の小池は俳諧歌や狂歌の遺産を受け継いだ歌人で、内に秘められた箴言性が魅力です。近世和歌でいうなら、木下長嘯子や良寛のような異端も連想します。
世々のひとの月はながめしかたみぞと思へば思へば物ぞかなしき
木下長嘯子
あわ雪の中に顕(た)ちたる三千大千世界(みちおほち)またその中にあわ雪ぞ降る
良寛
小池さんの歌は前衛的要素も大きいけれど、そちらは指摘する人が多そうだから、あえて上の二人を引いてみた次第。
2019-07-06
思い出よりも好きなもの
土曜日の読書「砂漠の約束」更新。引用はガストン・レビュファ『太陽を迎えに』より。モンブランに1000回以上登ったという伝説的アルピニストで、山の詩人として崇められてもいるレビュファ。彼は書くものだけじゃなく、登攀のようすも美しい。
アルプスの「6つの北壁」の登攀を描いた紀行文集『星と嵐 6つの北壁登行』は、昔は日本でもかなり読まれたらしいですね。本とは内容の異なる同名映画(1955年)もあって、こちらはチェリストで俳優のモーリス・バケとミディ針峰によじのぼる話。アルプスって日差しがものすごいんですが、それでも動画を眺めているとずいぶん涼しくなれます。
2019-07-05
涼を探して
私、これまでの人生で、こんなに西瓜が美味しかった夏ってないです。こんなに身体を冷やしてくれるものだったんですね西瓜って。
円涼し長方形も亦涼し 高野素十
このところ涼しい作品を探していて一番だった句。禅の世界に入っちゃってます。よっぽど参ってるんだなあ。わかる。ついでなので、涼しくない句も引いてみますと、
ぬけおちて涼しき一羽千羽鶴 澁谷道
澁谷道は好きな俳人です。しかしさすがに〈念〉を象徴する物体だけあって「千羽鶴」の一語が蒸し暑い。「千羽の鶴」との落差がもたらす「一羽の鶴」の涼しさ(=もののあわれさ)は、素十と同じ観念的演出ではあれど、本物の熱さ解消には不向きのようです。
さて。これから南極ペンギンの動画を見ます。
2019-07-03
明日はいつでも夢であるのだ
音楽というのは、日々たくさんの趣味をTPOで使い分けて楽しむものじゃないですか。休日にぴったりとか、だんぜん朝の音だよねとか、冬の夜に聴きたいなとか。あと気候や環境が変わって、それまで愛していなかったジャンルと一挙に心が通じ合ったりとか。その一方、状況をこえる一曲というのもある。うちはごはんのとき、しょっちゅうティボー&コルトー&カザルスの「大公」をかけます。これ聴くとおいしくなるんですよ。
前置きが長いですが、本もそうやって一手間かけて楽しみたいと思うんです。が、この夏、涼しい作品がぜんぜんぱっとしない。涼しさではもの足りなくて、キンキンに冷えたものが読みたいらしい。暑いから。
忘れては夢かとぞ思ふ思ひきやゆきふみわけて君を見むとは
在原業平
これくらいひんやりしてるといい感じ。業平で遊んだ紀野恵の、
思いきや雪踏み分けて松原に寒さ嫌ひの君を見むとは
紀野恵
もいいですね。この歌の入っている、昔の恋人との手紙のやりとりを連作にした「書簡集」は、べらぼうに力が抜けていてほんと好き。特に下の流れのとこ。
〈理解〉と〈共通の思ひ出〉を有するに至つたむかしびとに。賀状に書きて送る。
さまざまに過ぎてし花やこの春もむかしの春も君をこそ思へかへし
春はなほ石山寺の梅苑の〈思のまま〉の発く日に待つまたまたかへし
待つといひながら待たぬが御癖の思ひのままといふはまことかさう言はれればさうであるので(私は頼りない)
春さへも何かつねなる飛鳥川明日はいつでも夢であるのださて、会はずなりにけり。
2019-07-01
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