2017-04-01

るびふる高速鑑賞会



たまには俳句をつまみ食いっぽく味わいたい。それで手頃な作品はないかなと探してみたら、ちょうど西原天気「るびふる」があった。俳人協会の囈語を受けて書かれたケレンミたっぷりの十句。これを読んでみます。

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てのひらにけむりのごとく菫〔ヴィオレッテ〕

冒頭からいきなり名句。嫌味な人です。菫を煙に見立てたのは粋で垢抜けたペン画のようで、また「ヴィオレッテ」という音の甘味を抑制する働きも。それにしても、ひらがな句の最後を漢字一文字で締めるパターンというのは気品が出ますねえ。さらにはこの句に関する作者の推薦曲がスカルラッティだと言うし。良すぎて、涙ぐんじゃう。

春ゆふべ地図を灯して俺の車〔カー〕

ライトに照らし出された地図のロマン。春宵の雰囲気に、ふと頭をもたげる逃避行気分。句末音「カー」の破壊力もたまりません。

春雨や灯のほとはしる土瀝青〔アスファルト〕

立派な写生句。座五は漢字にルビを重ねたお陰で佳品風味(ここ、笑う所ですので。念の為)が増しました。

春の夜の洋琴〔ピアノ〕のごとき庭只海〔にはたづみ〕

これは西原天気の存在様式そのもの。彼の非常に深いところを流れるイメージです。なんのことかわからない方はこちらをどうぞ。

手術〔しりつ〕してもらひに紫雲英田〔げんげだ〕のまひる

「手術」「紫雲英田」「まひる」とたいへん趣味のある景の組み立て。にもかかわらず「しりつ」というルビによって、つげ義春的世界をあえて前景化させてしまう悪態よ。作中をゆく人物が片腕を押さえている白昼夢に襲われることしきり。

なかぞらに練り物〔パテ〕支〔か〕ふ囀りの穹窿〔ドーム〕

さえずりの溢れる天蓋と、その中空でパテを支う職人。「穹窿」に「ドーム」とルビをふり、文芸復興のごとき軽やかな春の風合いを出現させた作者の腕前にうっとり。加えて「パテ」をしっかり「練り物」と記したせいで、宙にちくわが飛び交っているようなナンセンスとの交響まで生まれています。小栗蟲太郎的な遊び心もあって、間テクスト性の高さは連作随一。

雪花石膏〔アラバスター〕まだ見ぬ夜の数かぞふ

上五の字面が堂々としている(加えてアラバスターには、それだけでアブノーマルなエロさがある)ので中七以降は言い過ぎを避けてさらりと流したもよう。内容が妄想(成就せざる欲望)にまつわる点も、アラバスターの神秘的な白さをすっと引き立てるのに一役買っています。

翻車魚〔まんばう〕のゆつくりよぎる恋愛〔ローマンス〕

「るびふる」から一句選ぶとしたらこれ。「ローマンス」の長音符が「まんばう」にぴったり。巨大な石碑にしたいくらいバカっぽくてかわいい。どことなく長谷川四郎の香りも。

莫大小〔メリヤス〕にくるまれて海おもふなり

西原天気らしい質感。庇護から海へと抜ける無理のない連想を、禅語めく上五の存在感でもってふわっとまとめてみせました。ものを想う心にもまた大小は莫いですし、しみじみとしてしまいます。あと個人的に、このメリヤスは襯衣(シャツ)ではなく古布であってほしいな、とも。

くちびるがルビ振る花の夜の遊び

ルビ祭り、ラストのダメ押し。エクリチュールの戯れを「゛」なる疑似ルビを有する「び」で仕上げてみせました。イメージにも茶目っ気があってよろしいです。以上つまみ食いでした。