2018-05-08

釣りの思い出





今日は祝日なので朝から海を散歩しました。

釣りをする男の人たちよりほかに、誰もいない海。

子どものころは祖父と、父と、家族と、よく釣りをしました。祖父は釣りキチで、6畳の和室に50本ほどのトロフィー、5帖ほどの楯、2、3枚の賞状(鳳凰や龍の縁ではなく、桐の花の描かれた、たぶんお気に入りのもの)を飾っており、また3畳の和室の壁を改造して、釣具屋さんのように釣竿を展示していました。

父と行ったのでは、よく覚えているのが蟹釣り。岩場から網を投げ入れて、数時間そのまま待ちます。数時間後、岩のはしに立ち、ゆっくり綱を揚げると、血のぬけた餌魚(だいたい秋刀魚)の頭を食しながら、網ひとつにつき10匹ほど蟹がからみついてきます。父はその網をよく確かめ、小ぶりの蟹をはずすと勢いよく海へ投げかえし、残りをクーラーに移すのです。

家へ戻ると、父はフローリングの床に蟹をまき散らします。母が湯を沸かしているあいだ、弟とわたしは蟹とあそびます。蟹は、とてもかわいい。しかし母は湯が沸くやいなや蟹の甲羅をつかみ、宙を泳ぎながら潮の息と昏い海の香を吐くそれを煮え湯へ沈めてしまう。そして軽く茹で上がったところで、蟹の脚をいくつかもいで別の小鍋に放り込み、白葱とあわせてスープにし、朝の残りのパンをオーブンで温め直すのでした。

わたしはフランスに来てから最初の10年間、日本に帰った期間は合計で2週間もなかったのですが、そのうちの半分は祖父と会っていました。癌と聞いたので、帰った。死んでからだと、意味がないから。

膵臓癌だったので手術もできず、祖父はふつうに暮らしていました。釣りもあいかわらず続けていました。

「釣りのいいところは孤独でいられること。海にいると、孤独を恥ずかしがらないでいられるよ。でもやっぱりつらいけどね。」

帰ったとき祖父にそう言われ、思わず手を握りしめたことを覚えています。祖父は社交上手で友達の多い人生を送っていたので、こんな人でもやはり孤独からは逃れられないんだ、と深く胸を衝かれたのでした。

祖父が亡くなったのは、それから一ヶ月後のことです。