もうすぐノルマンディーに行くので、向こうで何をするか考えつつ紙モノの整理をしていたら、梨の堕天使の館の半券が出てきた。
梨の堕天使の館は、かつてわたしが住んでいたボロアパートから市バスで25分のところあった。とはいえ梨自体は居候で、いつも主人が留守のせいで自分の館のような顔をしているのである。初めて会った日、わたしは梨の堕天使に主人への手紙をわたした。すると梨の堕天使は主人に気兼ねせず、その場で手紙の封を切ってしまった。封筒の中から、ピンクのマーカーで書いた五線譜に、魚の形の音符を飾りつけた楽譜があらわれた。これはこれは。どうもありがとう、わたしのお守りにします、と梨の堕天使は言った。天使がお守りを身につけるというのがわたしには不思議だった。
風の洞めきて裸足のをみなたち 小津夜景