2022-06-30

句集をつくるということ





気がつけば『なしのたわむれ』刊行から早丸3ヶ月。本日とうとう我が家に本が届きました。横から見るとあんがい束があります。それでいて手に持ったときふわりと軽い。良き本。

などと書いたところで、たったいまスケザネさん初の著書『物語のカギ』の最終稿が送られてきました。B&Bでのトークイベント用に予習しないといけないので一足先に読ませてもらうのです。このイベント、わたしは聞き役に徹しようと思っていたのですが、スケザネさんは「いやいや、ぜひ対談形式で。僕からも質問させてくださいね」とおっしゃる。おまけに朗読までしましょうとのこと。そんなわけで朗読するかも。ぜひご視聴くださいませ。ご予約はこちらから。

新しい句集の経過報告。きのう初稿の決定版(予定頁数にぴったり合わせた句稿)を担当者に送りました。

今回、作業をしながらつくづく思いました。句稿に現前するわたしというのは、日ごろ自分で「こうだろう」と考えているそれや「こうなりたい」と願っているそれとこんなにも違うんだなあって。例えるならば自分の顔を鏡で見たときの違和感と一緒で、ああ、わたしってこんな人だったのかと軽い衝撃を受けています。でもね、句集をつくるとはどういうことかというとですね、それは未知の自分の香りを受け入れ、それを色濃くかつ複雑に追求してゆくということなんだって思うんですよわたしは。句集という容器に句を注ぎ入れることで、香水のようにより目に見え、より嗅げるようになった世界を観察し、句を入れ替えたり、書き足したりしながら、唯一無二の庭の創出へ向けて調合をくりかえす作業なのだろうと。そして願わくば、時のうつろいに身をまかせる中でも庭の印象は消えさらず、それどころかじわじわと変容して、ついには人の心に消えない染みを残すような、そんな言葉の香水がつくれたらと思うのです。