2022-11-17

庭の手入れ





しづむもの、いろづく月が来た。

しづむものの庭に「とるぬり」と「こねよき」の花が咲いている。「とるぬり」は鳥、「こねよき」は鐘の形をしている。しづむものは青い土だ。土の色なら赤でも緑でもなく青がいい。青い土は血が欠けていて、これを使うと死者の国のものがよく生る。だから、しづむものは死人返りの種床とも呼ばれる。

死者の国では「ねもみか」や「いよよか」「ふわわわなわ」などの白い花が咲くのだけれど、それらは「白根」と呼ばれて、やはりあちらにだけ生えている特別なものなのだそうだ。死者たちはその花で「ねもみかし」という果実酒を作る。こちらでは発酵しない質の酒だが、驚くほど甘美とのうわさで、それを飲みたいがために死んでしまう者もある。こちらの世界には甘いものが何もないからだろう、人々はしばしばそういう死に方を選んだ。

しづむものの庭からは毎年多くの実の収穫が得られる。だが今年は今のところ「こねよき」が少し穫れただけだ。去年植えた「とるぬり」も実がひとつもなっていないが、これはわざと眠らせてある。「とるぬり」は「とるり」つまり鳥に属する植物で、その証拠に形はもとより、ぎっしり生えた葉のいちまいいちまいが羽根だ。この実がなれば必ず人間を空にひっさらう。植えてから空に連れ去られるのが急に怖くなって、「ねぼけるもの」「うとうとするひとびとよ」「おどろくをゆめみるひとよ」「ひとのまねをしえているもの」の四種類の肥料を買い求めた。どれもそれなりの値段だったが、「とるぬり」が実をつけるまえに、人にして眠らせてしまおうと思ったのだ。花は見たかったので、ぎりぎりまで待った。

三年前に植えつけた「しれとしろ」もまだ実をつけていない。蕾のまま、もうすぐ二年になる。その蕾を見る度に、死んだ父を思い出す。父は生前から、この「しれとしろ」が好きだった。私が父の部屋に行くと、よく父は言ったものである。

「おれが死んだらさ、おまえ、あの蕾の下を掘り起こしてくれないか」
「なんで」
「いいからさ」

理由がわからぬまま七十二歳で死んでしまった。

私は「こねよき」の実をむくと、立ったまま食べた。胸の中から鐘の音がきこえた。