秋がくると、空はますます高くなり、やわらかな空気の層にうろこ雲があらわれる。私は風を雇い、生まれたてのうろこ雲を集める。それをざるかごに干して、雲飯にした時のうまさといったら格別なのだ。この時期に収穫した雲は舌ざわりがさらさらで、ほんのりと甘く、挽きたての薄の穂と一緒にふかして食うと、いっそう箸が止まらない。
秋は月も極上だ。中秋の池から掬い上げたばかりのものよりも、竹林などでじっとしずかに、熟れてふくれてきたものの方がはるかにうまい。月は実として熟すると、金色のあばたの内側から、赤い粒々が見えてくる。それを一つずつひねってやると、果肉がぶつっとはがれ落ちる。私はその音が面白くて何度でもやりながら、笑って月の実を食う。しかし祖父のうちの竹林では、熟れすぎの実は食わせてくれないので、私は一人で月の実を採りに行くことを覚えた。
十月になると、流星が釣れる。山間の村だからたくさん跳ねる。それを網ですくう時の快感は言葉につくせない程すばらしいもので、この天の幸をどう料理したらよいか思案するのが日々の楽しみである。しかし今年の秋の流星の数はすくないそうだ。先生から聞いたところによると、かつては一晩に二万も三万と、まるで花火のように爆ぜた時代もあったという。また先生のお話だと、「むかしの大人はみな子供だった」そうで、「むかしの大人は流星を肴に酒を酌みかわしたものさ」とおっしゃるが、私はまだ酒を飲んだことがない。それが許される年頃になればきっと飲むだろう。
十一月になると霧が群れをなしてしのびよる。これがまた、この山あい独特の香りを有し、古来より珍重されているだけに調理法も古式ゆかしい。おひたしにしてもよし、だんごにしてもよし、てんぷらにしてもよし。ただし霧を捕えるのには時間がかかる。木の皮を削って、匂いでおびきよせるとよいと聞いてやってみたこともあるのだが、これはどうもうまくゆかなかった。しかし、この秋はちょっとちがう。いつものように霧が立ちこめるとすぐ、私は月の実の汁をしぼった。それから、手製の竹笛に口をあてて吹いてみたのだ。笛の音が私から離れていく。すると、その音色に絡め取られるようにしてか、霧のなかからふわっと影のようなものが浮かんだかと思うや、みるまに大きくふくらんだ。それは白い大きな綿毛であった。やがてそれが人のような形になってこちらへ近づいてきた。
「あなたが笛を吹くからきちゃいましたよ」
と、そのひとは言った。そうして、
「さあ、いきましょう」
と誘うように霧のなかへと戻っていった。私はそのあとを追った。するとたちまちにして姿が変わってしまった。私たちはさながら霧ととけあった巨大な魚といったところで、しかも泳ぐというよりも滑っていくように進んでいく。霧の粒子を上へ下へと縫うように。
「もうすぐ夜明けです」
霧は言った。私も、そうかな、と思った。手を伸ばし、そっと霧のしっぽを撫でながら。
翌日私は学校に行かなかった。
六時に起き、顔を洗い、髪をとかすと、私は鏡のなかの泣きはらした目をじっと見つめ、こすった。それからお湯を入れすぎたお茶をのみ、霧の残り香でごはんをこしらえた。
秋は月も極上だ。中秋の池から掬い上げたばかりのものよりも、竹林などでじっとしずかに、熟れてふくれてきたものの方がはるかにうまい。月は実として熟すると、金色のあばたの内側から、赤い粒々が見えてくる。それを一つずつひねってやると、果肉がぶつっとはがれ落ちる。私はその音が面白くて何度でもやりながら、笑って月の実を食う。しかし祖父のうちの竹林では、熟れすぎの実は食わせてくれないので、私は一人で月の実を採りに行くことを覚えた。
十月になると、流星が釣れる。山間の村だからたくさん跳ねる。それを網ですくう時の快感は言葉につくせない程すばらしいもので、この天の幸をどう料理したらよいか思案するのが日々の楽しみである。しかし今年の秋の流星の数はすくないそうだ。先生から聞いたところによると、かつては一晩に二万も三万と、まるで花火のように爆ぜた時代もあったという。また先生のお話だと、「むかしの大人はみな子供だった」そうで、「むかしの大人は流星を肴に酒を酌みかわしたものさ」とおっしゃるが、私はまだ酒を飲んだことがない。それが許される年頃になればきっと飲むだろう。
十一月になると霧が群れをなしてしのびよる。これがまた、この山あい独特の香りを有し、古来より珍重されているだけに調理法も古式ゆかしい。おひたしにしてもよし、だんごにしてもよし、てんぷらにしてもよし。ただし霧を捕えるのには時間がかかる。木の皮を削って、匂いでおびきよせるとよいと聞いてやってみたこともあるのだが、これはどうもうまくゆかなかった。しかし、この秋はちょっとちがう。いつものように霧が立ちこめるとすぐ、私は月の実の汁をしぼった。それから、手製の竹笛に口をあてて吹いてみたのだ。笛の音が私から離れていく。すると、その音色に絡め取られるようにしてか、霧のなかからふわっと影のようなものが浮かんだかと思うや、みるまに大きくふくらんだ。それは白い大きな綿毛であった。やがてそれが人のような形になってこちらへ近づいてきた。
「あなたが笛を吹くからきちゃいましたよ」
と、そのひとは言った。そうして、
「さあ、いきましょう」
と誘うように霧のなかへと戻っていった。私はそのあとを追った。するとたちまちにして姿が変わってしまった。私たちはさながら霧ととけあった巨大な魚といったところで、しかも泳ぐというよりも滑っていくように進んでいく。霧の粒子を上へ下へと縫うように。
「もうすぐ夜明けです」
霧は言った。私も、そうかな、と思った。手を伸ばし、そっと霧のしっぽを撫でながら。
翌日私は学校に行かなかった。
六時に起き、顔を洗い、髪をとかすと、私は鏡のなかの泣きはらした目をじっと見つめ、こすった。それからお湯を入れすぎたお茶をのみ、霧の残り香でごはんをこしらえた。