2018-02-22

ディオプ『ネグロ国家と文化』





シェイク・アンタ・ディオプ(1923−1986)はセネガルの歴史学・人類学者。フランスではかなりの有名人です(アフリカでも高名で、ダカール大学もシェイク・アンタ・ディオプ大学が正式名称)。昨夜十数年ぶりに読んで、日本語の資料がほしくなってググってみましたら、日本ではまさかの無名だったので紹介することにしました。

この人は最初、物理学を学ぶためにソルボンヌ大学に留学します。で、バシュラールおよびジョリオ=キュリーの生徒になるのですが、あるとき西洋の古代エジプト研究を知って「え?」と疑問を抱くんですね。例えば、図版に載っている壁画の素描が本物とちがう(黒人と白人の位置が入れ替わっている)とか、ヘロドトス『歴史』に登場するアフリカ言語の翻訳が現地の地理や語法を無視しているとか、そういったことに。

で、あれよあれよという間に、西洋における古代エジプト学の政治的改竄を言語学的に論破しつつ、正面から告発する学者になるのでした。

他にもフランツ・ファノンと一緒にサークルをしたり、文明のアフリカ起源説を展開したり、物理学者としてもコレージュ・ド・フランスで核化学研究を学び、セネガルのダカール大学に職を得てからは放射性炭素年代測定考古学に乗り出したり、と、まあそんな感じの人です。

写真の本は1954年の処女作『ネグロ国家と文化』。マルセル・グリオールの下、人類学の博士論文を準備している最中に出版した意欲作で、当時大反響を呼びました。付録に「相対性理論」の要約や「ラ・マルセイエーズ」などが仏セ対訳で載っているのも面白い。学問の進歩によってディオプの論考も今や古びてしまいましたが、にもかかわらず植民地以前のアフリカ文明史研究における先駆的価値はいささかも衰えず、今日のアマゾンを覗いても部門売り上げNo.1だったのには、うーんさすがに驚きです。

ちなみにフランス語の文章は、とてつもなく下手です。論の展開も徒手空拳っぽくて、普通の文系の論文の感覚で読むと死ぬほどハラハラします。でも、書かれることの必然性が放つオーラにあふれていて、読み物としては今でも充分に面白い。どこかの出版社で翻訳出してくれないかしら。