手紙を読みながら 高橋睦郎 ワスレナグサの咲きみだれる庭に 椅子を持ち出して 手紙を読む 読みながら うとうととまどろむ その手紙を書いたのは いつのたれか 書いた時と書いた人とは忘れられて (書いた日が昨日で 書いた人があなた でなければならない理由があろうか) 読む時と読む人も忘れられて (読む時が今で 読む人がわたし でなければ なぜならないのだろう) ただ 光の中に手紙がひろげてある 庭はうとうととまどろんでいる 手紙がまどろんで そして忘れられる 詩集「フィレンツェの春」より