日没のころ。地元の人たちが海へ出て、釣りをしたり、食事をしたりしている。毎日すごい人出。
酒井抱一〈朝がほや瑠璃の世界に人は今朝〉の本歌取りですね。景色が地から天へ、感覚が目から耳へ、主役が人から鳥に変化していて、こんな返しが届いた日には抱一も手を叩いて喜ぶことでしょう。
内容については、抱一句では、瑠璃の色と眼差しとがひとつにとけあって、世界と自己との境目が消失する神秘が美しく描かれている。片や睦郎句では、瑠璃の声を空いっぱいに響き渡らせつつ、世界を我が物として抱きすくめる燕のりりしさが胸に迫ります。全体を倒置にしたことで生まれた大柄な華やかさも、下五〈歸燕今朝〉の渋さもお見事です。
酒井抱一の句といえば、俳諧では世界という語がどんなふうに使われてきたのかについて、2回に分けてこちらに書いたことがあります。昔の人の作品がとても面白いので、お読みいただけますと嬉しいです。
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瑠璃のこゑ空も狹しと歸燕今朝 高橋睦郎
酒井抱一〈朝がほや瑠璃の世界に人は今朝〉の本歌取りですね。景色が地から天へ、感覚が目から耳へ、主役が人から鳥に変化していて、こんな返しが届いた日には抱一も手を叩いて喜ぶことでしょう。
内容については、抱一句では、瑠璃の色と眼差しとがひとつにとけあって、世界と自己との境目が消失する神秘が美しく描かれている。片や睦郎句では、瑠璃の声を空いっぱいに響き渡らせつつ、世界を我が物として抱きすくめる燕のりりしさが胸に迫ります。全体を倒置にしたことで生まれた大柄な華やかさも、下五〈歸燕今朝〉の渋さもお見事です。
酒井抱一の句といえば、俳諧では世界という語がどんなふうに使われてきたのかについて、2回に分けてこちらに書いたことがあります。昔の人の作品がとても面白いので、お読みいただけますと嬉しいです。