2016-12-15

ゆくヒトデ。




子供のころ住んでいた町の近くには北大水産学部がナワバリとしていた研究所があって、そこにおまけみたいな水族館がついていた。水族館とは名ばかりの、辺鄙な魚市場みたいな空間である。入場料は百円。お金をわたすとおにいさんが、はい、とジュースを一本くれる。つまりここを訪れると数十円国家から恵んでもらえるというわけだ。しかしこのシステムを活用する者はほとんど存在しないらしく、この水族館でわたしたち家族は他人を見かけたことがなかった(きっとホンモノの水族館に行ってしまうのだろう)。

この場所で、わたしはヒトデのかわいらしさを知った。とくにウラ側の、キモイ、といわれる部分に底知れない魅力がある。彼らはウラ側のどまんなかに口を有しているのだが、その水族館では人も敵もいないせいでリラックスしているのか、よくこの口になにかしら咥え込んでいた。こんぶ、とか。

くちびるをきゅっとむすび、その端からこんぶをぺろーんと垂らしたまま遊んでいると、たまにこんぶがじぶんに巻きついてしまう。そんなときはくねくねと五肢をくねらせてこんぶをほどく。その緊縛をほどくさまには知恵の輪をゆっくり解くような哲人風情があって、なんだかとても、果てしなく遠いいきもののように思える。

ゆきなさい海星に生まれたのだから  小津夜景