2020-10-14

松浦友久『漢詩 美の在りか』(たわいのないこと6)





日本古来の詩に貧しく、いっぽう漢詩に豊かな特徴というと、まずもって対句が思い浮かびます。

琴詩酒の伴 皆我をなげうち
雪月花の時 最も君をおもう
白居易「殷協律に寄す」

時に感じては花にも涙をそそぎ
別れを恨んでは鳥にも心を驚かす
杜甫「春望」

こちらに翻訳した「元稹に贈る」の魅力も、友情の日々を対句で巡ってみせたことにあると思います(対句には音とリズムの美しさだけでなく、詩を前へ前へと駆動する馬力も備わっている)。で、もうひとつ漢詩だけがもっている特徴で、対句と同じくらい重要なものといえば、それが明治になるまで日本で唯一の自由詩だった(つまり訓読して鑑賞していた)ことです。

涼州の詩  王翰

葡萄の美酒 夜光の杯
飲まんと欲すれば 琵琶 馬上に催す
酔ひて沙場に臥すとも君笑うことなかれ
古来 征戦 幾人か回(かえ)



胡隠君を尋ぬ  高啓

水を渡り また水を渡り
花を看(み) また花を看る
春風 江上の路
覚えず 君が家に到る

こうした非定型のリズムの詩が、短編から大長編までいっぱいあった。日本人の詩情は定型だけでなく、いわゆる〈不均衡の美〉によっても長く深く培われてきたわけです。わたしは日本漢詩も好きで、なんでかというと、日本人の書いた漢詩って読み下しがキマっていることが多いんですよ。やはりそこを気にしながらつくっていたんでしょう。松浦友久『漢詩 美の在りか』にも、日本では訓読の形が美しいものが詩として人気があると書かれていたのですが、この本は岩波新書とは思えない高密度、しかもユニークでおもしろいのでざっと中味を紹介しますと、

(1)漢詩の典型を生んだ陶淵明、李白、杜甫、白居易といった四人の詩境を紹介する。
(2)主題と詩型といった二つの観点から、漢詩ならではのイメージや個性を整理する。
(3)詩跡を巡りつつ、長く愛唱される詩はいかにして確立するのかといった名詩誕生のシステムを解き明かす。
(4)日本人にとっての漢詩とは〈文語自由詩としての訓読漢詩〉であり、とりわけ日本古来の詩型にとぼしい〈対句〉への渇望をみたすものとして享受されてきた歴史を追う。

といった順に話を進めつつ、書物全体を通じて漢詩の美しさはどこにあるのかを丁寧に解説しています。〈文語自由詩としての訓読漢詩〉については直感的に気づいていたことがより明確になって、個人的にすっきりしました。