2020-09-11

陳舜臣『唐詩新選』 (たわいのないこと2)





昨日の(たわいのないこと1)では長安におけるイラン文化の隆盛の話に触れましたが、そういえばペルシャ語が堪能で、原典から『ルバイヤート』を翻訳し、それに註解・解説までつけてしまった作家に陳舜臣がいました。華僑の息子として神戸に生まれ、2015年に90歳で亡くなるまでほぼ当地に住んでいたこの人の書く漢詩の話がわたしは好きで、いちばん愛着のある漢詩本というのも実はこの人の『唐詩新選』なんですよ。

いったい陳舜臣のどこが好きかといいますと、ものすごい読書家で、学識も深いのに、言葉づかいに少しの気取りもないところ。また作品のチョイスや引用のタイミングからは、自分の舌で作品の味をひとつずつ確かめてきたことがはっきりと窺える。厳密すぎない講釈もスマートで、とにかく〈漢詩を読むセンス〉と〈漢詩について書くセンス〉が抜群なのです。

本書は前半が唐詩でめぐる歳時記エッセイ、後半が「詠物」「女流」など主題別エッセイになっているのですが、わたしが気に入っているのは白居易と元稹との詩のやりとりを扱った「唱和」という一篇。文章は技巧に走らず、修飾に凝らず、見てきたかのような創作もありません。ただソムリエ的精神でもって彼らの交わした詩の中から良きもの選び、その詩群の発する〈気〉を巧みに編集して、十数ページの世界を圧巻の物語に仕立て上げています。

それはすごい、一体どんなエッセイなのだろう?と興味をもった方の邪魔にならないようこれ以上の言及は控えます。そのかわりに、といってはあまりにもあれなんですが、拙著『カモメの日の読書』で翻訳した白居易の詩を以下に写します。

元稹に贈る(抄)  白居易

ひとたび心を通わせてから
三度たけなわの春を迎えた
花の下 馬に鞍を乗せて遊びにゆき
雪の中 酒の盃を重ねて語りあった
粗末な家でもてなしあい
帯も冠もすべて脱ぎ捨て
風の吹く春は 日が高くなるまでともに眠り
月の照る秋は 飽きもせずに夜空をながめた
これは
同じ登科だからではなく
同じ官職だからでもない
ただふたりの胸の奥にある
たましいがそっくりだからだ

贈元稹抄  白居易

一為同心友 三及芳歲闌
花下鞍馬遊 雪中杯酒歓
衡門相逢迎 不具帯与冠
春風日高睡 秋月夜深看
不爲同登科 不為同署官
所合在方寸 心源無異端

近刊『漢詩の手帖 いつかたこぶねになる日』でも白居易が元稹のことを想って書いた別の詩を翻訳しています。興味のある方は詳細ページをご覧いただけますと(そしてご予約いただけますと)とても嬉しいです。