2019-04-23

なんてことのない風景



河上肇の漢詩を読んでいたら、こんな自由詩が混じっていた。

夏日戯に作る  河上肇

何を食べてもこんなにおいしいものが
またとあらうかと思うて食べる。
大概は帙をひもといて古人の詩を読んで暮らす。
倦み来りて茗をすすり疲れ来らば枕に横たはる。
家はせまけれど風南北に通じ、
銭を用ひずして涼風至る。
こんなよい気持が人の身に
またとあらうかと疑はれる。
生きてゐる甲斐ありとつくづく思ふ。
しかしまたいつ死んでもよいと思ふ。
生きてゐてもよく、死んで行つてもよい、
これ以上の境涯はまたと世になからうではないか。

河上は獄中で陸游の詩に感動し、のちに翻訳書まで出したんですが、彼自身の詩も行動家と風流人の両面をあわせもつ陸游に倣い、時に熱く、また時に穏やかになります。これは穏やかな方の作。ごはんがおいしく、本と茶を楽しみ、ごろんとしては風に吹かれるという、典型的な漢詩的日常です。

茗(めい)は遅摘みのteaのこと。一方早く摘んだteaは茶と言ったそうです。