土曜日の読書「リハビリルームの雲」更新。引用はヘッセ『郷愁 ペーター・カーメンチント』より。
この世にはクラウドウォッチャーというのがいる。なかにはよく雲と対話するという人もいて、ああいうのは生まれ持っての才能なんだろう。雲は刻一刻と変化しつつも、つねに雄々しさと静けさとの両極を備えていてほとんど哲人みたいだから、会話もおもしろいんじゃないかしら。
私は雲をみると楽しい。でも話したことはない。雲の言葉がわからないのだ。雲はいつも外国語を話す。いや、雲に限らず、自然はどれも外国語を話している。彼らの話す外国語はとても沈黙に似ている。
思えば、世界に自分の心を投影し、それを読心術するといった体験は、ほんの小さなころから一度もなかった。
どんなに小さな世界に住んでいる人でも、飛ぶ鳥をみて、ここではないどこかがあることを悟っている。それと同じように雲も、この世界の彼方があることを教えてくれる。そしていつでも心だけがそこへ行くことができる。